誰が決めたこと!?

 誰が決めたことだか知らないが、子どもの頃から、注意や警告を受ける時に「一般的には~」「普通は~」「世の中では~」という接頭語が付くことが気になっていた。本能的にこれがとても疑問だったし嫌悪していた。もう、小学校に入る前の段階で、なんとなく嫌な記憶があり、学校の先生に言われることの全てがこの語調だったから、それが明確になったような漠然とした記憶。「世間一般的にはそうかもしれないが、別に何故その指標をそれほど過度に意識しなければならないのか?」そんな学生時代だから、「大切な義務教育中の勉学」の重要性が不明で未知だった。

 「偉い人が決めたことは素直にリスペクトして誠意を持って取り組みなさい!」これも聞き古されたよくあるセリフ。その場合の「エライ人」と「フウツの人」のボーダーはどこ?それは世間とか一般的とかじゃなくってお前のさじ加減でしょう?どんな教育とどんな経験を積んできたか知らないが、その人が「一般的」と言うと、その人のポテンシャルが確実に読みとれる。「ああ、この人間はこのことが一般的と捉えているのか、すると、論法的にはたぶん、こう言ったらこう言うだろうなぁ~。」と考える。そして、それは100発100中その通りのリアクションが返ってくるから、この「一般的」という言葉は非常に恐ろしい。だから、私は逆にこの「一般的」という言葉を使うように心かげている。それは、メンドクサイ人が「君、君、一般的にはね~」と顎が上がった瞬間、その人の「一般的」にシンクロさせるためである。まぁ、マージャンでいうところの「鏡打ち」である。すると、確実に相手は共感を抱くから、さらに顎のガードが甘くなる。しかし、そこでアッパーは打ちこまず、私自身は「一般的」をコミュニケーーションのツールとして活用しただけですから、さほど、テンションは上がらないまま心のこぶしを開く。しかし、この経験はデータベースとして非常に重要だから、心のライブラリーにしっかりと保管される。

 誰が決めたか知らないが、そんなふわふわしたリミッターを解除できなまま人生を送るのは嫌だと実は人は本能で思っている。が、リミッターの縛りは時に心地良く、まぁ、いわゆる鎖に繋がれた犬ほど、飼い主に擁護された犬ほどよく吠えるという仕組みのあれ。お互い、生死を賭けたタイマンであるなら、一発触発である。しかし、吠えている犬はある程度相手も襲ってこないことを知っている。吠える条件とはそこにある。だから、野生の獣や野良犬は怖い。サイレント(無音)で近づき「ワン」とも吠えず、のどを噛み切る。ワンショットである。できれば、ここまで全てを研ぎ澄ませたいものである。

 人間の「苦笑い」「失笑」で口元を上げる表情。実は、獣の本能で「グダグダ言っているとお前を食うぞ・・・」という意味があるらしい。

 つまり、自分がどれだけ素敵なのびしろのある能力を持っているかを決定するのは、自分自身なのである。ということ。自分で決めたから今の自分があると思えない自己を縛るリミッターを持ちたいものですね。ああ~多重になってしまいそうですが、そこは、理性と本能のバランスでぐっと堪えて・・・。

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う~んそのとうりですね! この記事の関連で1本ブログを書いておきます。

  • kuni
  • 2011年05月17日 19:29

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