ペーパーナイフとして。

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 どうも最近アイアンワークが気になる。まぁ、最近ということではなく、のみやなたや鋼のツールが昔から好きだったことの延長上であることは間違いなく、何故こうも鋼感のあるツールに興味を持ってしまうのかその理由は明確ではないが、のみの市のような混沌とした空間で自分のベクトルというか直観を信じる時、それは、やはり、衣や食に関することではない。「衣食住」に対するこだわりとか思い入れが限りなく小さいので、必然的に混沌とした空間を心が漂っていると、自分のベクトルにシンクロできる空間や存在に引き寄せられてしまいます。そのひとつがこの「ナイフ」。モノを切るならカッターでもはさみでもいいわけですし、料理はあまりしないですが、野菜や肉を切る場合は包丁がある。ならば、このナイフはどんなTPOが想定できるのか?それが不明で楽しい。

 雑多な空間で引き寄せられたツールや物質にはたぶん何か意味があるのだろうけれど、それをひとつひとつ分析して体系化するのは好きじゃない。というかメンドクサイし、意味をあまり感じない。論理的に組織化することはビジネスの基本なのかもしれないが、それは、別に得意な人がいるからその人に任せよう~的なヒラキナオリ感もあるのかもしれないし、どこかで大きく依存しているのかもしれない。もしくは、そのアクションで大きな失敗をしたことが障害になりそれを見送っているのかもしれない。が、とにかく、長期的に何かを整理するということは、よほど、よほど、興味のある分野でないとNO。

 で、このナイフ、確かによく切れる。キャンプやアウトドアには別のツールキットがあるからたぶん持っていかないだろうし、仕事机の前、窓際に置いて、ただ毎日見ていたいという存在。それは毎日目に入る空間は人の頭の中にとても酷似しているという説がある。好奇心に富み探究心が萎えない人の仕事場はモノに溢れているらしい。整然と論理的で統率力のある人の仕事場は雑多なモノはすべて整理出来てどこに何があるかをしっかり管理しているキレイな仕事場らしい。あきらかに前者の私は次から次へと増えていく不思議なアイテムに囲まれながら頭の中へたくさんのエネルギーの弾丸を充填・装填している。この色、このフォルム、この機能、この存在感。モノは元素のカタマリ。人とて同じ。ならば共鳴する理由があるはず、ただ、人間の脳レベルではそれは知覚できないということだけ。