芸術家はお金を求めてはいけない!?

 映画監督 山下敦弘さんという方の記事がある。山下さん高校3年生の春、進路相談をする友人についていくと美術の先生から「映画が好きなら日本大芸術学部か大阪芸術大学で学べるよ」と言われたそうです。そして、大阪芸術大学の映像学科へ進学されたそうです。山下監督は芸大では、今につながる出会いやたくさんの刺激的な仲間と触れあうのが楽しく、音楽や演劇や様々な交流をしていたそうです。そんな4年間の最後の卒業式で映像学科長が言った言葉がこれ。「君たちは芸術の道を志したのだから、お金を追い求めてはいけない。面白いものさえ作れば後からお金はついてくる。」だそうです。う~ん、この記事を読み、ひさびさに自分自身の大阪芸術大学での4年間が思い出されてしまった。

 そして、この監督は映像計画、私は美術学科。まぁ、芸術である以上、映像も美術も工芸も舞台も同じなのですが、この記事にあるとおり、ほんとに刺激的な仲間が圧倒されるほどいた。そんな4年間だったから、社会に出て同様の出会いを期待するが、まぁ、何度も思い返しても、大阪芸大で出会った刺激的な連中と比べたら一般社会の刺激のなさ加減に慣れるに結構リハビリ期間が必要だったように思う。

 大阪芸大での出会いや仲間達の事を標準と考えると、一般社会での刺激の度合いは、凍えそうな感じでした。でも、東京で1年間リハビリ(イラストレーションの専門学校にバイトしながら通った。)を経て新宿で働き始めた頃は立派な!?社会人モードで頑張れたのも、この山下監督が言われたようなスピリッツが流れている大学だったから、自分の軸をしっかり維持できたような気がします。で、今でもその軸がぶれないのも、この4年間があったからこそ。ほんとに人生の宝以上の4年間でしたね。

 「お金がついてくる」の部分はまだ全然ついてきませんが、面白いことをするために、おっさんになってもこのままずっとオモロイ人間でいたいという心を失わずに、というか、4年で会得・覚醒したアウトロー感覚を一般社会用にシフトダウンする感じで、このまま、最後までオモロイ人間でありたいという想いを軸に歩を進めれたらいいなぁ~と思っています。

 芸術はお金ではないがお金は大切。ただ、お金のために芸術にリミッターを付けることは本末転倒。まさに、あとからついてくるが理想ですが、そのあたりも、あまり、深く考えずにナチュラルに自分らしく何事も・・・という感じでいいんじゃないかなと思っております。

 芸術を別の目的で乱用するイベントが多い。芸術家になれるのは最低限、自分自身ととことん向き合える人でなければなりません。習い事のように木を削りました土を練りましたキャンバスに筆で絵具をぬりました楽器をひいています歌を歌っていますで芸術家になれた思うのは自由だが、恐らく、私が芸大の4年間で出会った仲間なら、失笑で言葉もないだろう。街にアーティストが集まってくるのはいいことだが、似非やダミーやフェイクを集めても絶対にアートにはならないことも、僕たちは頭で理解しているのではなく、心で感じています。そんな連中をアーティストと呼ぶのです。芸大を出たからアーティストではなく、どこかの公募展で優勝したからアーティストでもない。頭で考えず心で感じる感性を共有できないと言語中枢で何を理論化しようが結局「いたちごっこ」です。突き抜ける衝動を一度でも感じたなら、その感覚を持ち続けたいと願うのがアーティスト。自分の存在が無意味に感じ生きていることの意味とか価値を一度でも突き詰めようとしたことがあるならそれがアーティスト。言葉や文字ではなく、何かどこか気なる人がいたらその人も気になった人もアーティスト。確かにこの関係に「お金」の介入する余地はない。