刑務所図書館の人びと。

 柏書房から出ている¥2,500の書籍「刑務所図書館の人びと 金原瑞人・野沢佳織訳 アヴィ・スタインバーグ著」。著者はエルサレム生まれの米国育ちとのこと。ハーバード大学を卒業するもやりたいことが見つからずボストンの刑務所司書の職に応募してしまったことがこの書籍の始まり、とのこと。なんと不思議な経歴の著者だろう。でも、素敵です。元来、気弱な彼を待っていたのは、ギャングや銃器密輸人やサイコキラーたちだったらしい。なんとも事実は小説より~なんとかである。実際、図書館で本を読む受刑者はひとにぎり。そこは討論と喧嘩の場であり、秘密の手紙が行き来している。その彼が女因クラスを受け持つことになり、そこで書かれるエッセイのすばらしさも記述されている。そして、図書の間にはさんでやりとりをする文書「凧(カイト)」という存在。「ソール・ベローばりのラブレター」あり、「神のお告げ」ありの秀逸な文脈の宝庫。これらをアーカイブすることが司書の仕事の裏バージョン。なんと、稀有な経験から紐解かれた文書なのだ!という印象ですね。

 強制収容所における人間性の「壊疽」を止めるためにも文学が必要だと書いた、アウシュビッツから生還した「これが人間か」を書いたプリーモ・レーヴィー。本書は人が人であるための言葉と機知に満ちているということ。情報過多の中、その本質を見極められない現代において、制限・制約された空間でこそ言葉に接する意味や価値があるとこの著書には言っているような気がする。飽和した権利の中、知識が壊疽を起こしているのは実は刑務所の外の人間かもしれないぞ。この情報時代の一番先を走っている走者の後姿は決して見えないが、本当にこのルートでいいのか、このまま世間一般のスピードで走り続ける意味と、ちょっと、道草をしてうさぎ的でもいいから、木の陰でいろいろな言葉をじっくり追い、たまには昼寝してみることの方が、実は、いい感じなのではないだろうか。「うさぎと亀」の真理をいつまでも鵜呑みにしていると、本当のうさぎの気持ちも、亀の気持ちも、美談の側面しか見えない。さてさて、時にはのろまで堅実な亀のように、時には快活でううかりやのウサギのようにでいいのではないだろうか。今の時代、作用と反作用の相互性こそが様々なベクトルに効果的なのでは・・・。