10ヵ国語か・・・。

 「10ヵ国語を手軽に翻訳!驚きの多言語翻訳ソフトの最新版!」というメルマガが到着した。う~ん、気になる。今からこの種類の多言語に精通することは不可能だが、こうして、ソフトウエアの力を借りて瞬間風速でも「10ヵ国語を手軽に~」という感覚を味わえるならこの価格(¥20,000)は値打ちである。実際、それをどのように使うのかということになるが、まぁ、英語、中国語なら仕事で文章を翻訳しないといけない機会とかがあるから、まぁ、その予習として捉えてもこの価格なら適正値だろう。

 と、ソフトウエアの価値を決定するための判断材料はその価格と機能内容が、取り組もうとしているオブジェクト・案件に適正かどうか?そして、どれぐらいののびしろがあるのかという視点と、それを、自分自身がどこまで会得・精通できるかという感覚との天秤になる。若い頃なら「興味本位」で「好奇心」でいろいろなソフトウエアに取り組んでいたが、実際、自分の仕事に関係することに対して有効で、しかも、会得可能なツールである必要があり、しかも、価格が適正であることが必須条件になる。と、つまり、上記の「10ヵ国語翻訳ソフト」も「デザインのツールとしてのグラフィック・WEBソフト」も「オフィス系」も結局、自分のさじ加減なのであることに気付く。というようにソフトウエアは道具なのである。嗜好品でも鑑賞物でもないし、まして、コレクションの対象でもない。持っていることで何の価値も生まない。価値を生まないことにコストをかける余裕もないが、気持ちの部分で好奇心の対象ではない。

 では、潤滑に資金があり、あらゆるソフトウエアを持っている。まるで、iPodの100万曲である。人間、一生のうちに100万曲も聞かない。と同じである。「ふ~ん、凄いですね。」で終わり。しかし、古いバージョンのソフトウエアでもゴリゴリに使って、最新バージョンの各種機能ができないような、表現や仕組みを創るノウハウを持っている人(職人・達人)がカッコイイ!なのである。最速のPCで最新のソフトウエアでぶざまなチラシもどきを創っている人、WEBもどきを創っている人を指して、世間は「一億人総クリエイター時代」だと呼んでいる。人が全てクリエイターであることは絶対に間違いないことだが、ソフトウエアで作成してプリンターから出てきた全てのオブジェクトが優れたクリエイティブだと勘違いしていると、上記の流れで「価値」が捻じれる。どこかでテンプレートを探してきました、ソフトウエアでパーツを組み合わせて、何かが完成しました。それを便宜上、なんとでも命名することはその人の自由だが、手法と目的がどこかで置き換わっている、まぁ、どこにでもある、よくある「交通事故」となる。そんなクリエイティブに対して高飛車に構える気持ちはさほどはありませんが、そんな私でも「あぁ~、これ事故ってるなぁ~!」というのがデジタルツールからよく創出されている。まぁ、言わば「大人のぬり絵」なんでしょうね。カタチにすることが楽しいみたいな。

 さて、100万曲と10ヵ国語の砂漠から一本の素敵な針をあなたは発見できますか?というお話。