頭を下げる仕事。

 ほんとにテレビで映るたびに彼は頭を下げている。あの情けない顔と頭を下げる風景。そんなに頭を下げ続けても支持率は上がらないみたいな。どうよ総理。まず、陳謝する前になんとかならんのかと皆が感じているわけですよ。テレビの報道もとりあえず記者を集めて長い机の前に並んだパッとしない老体が意味不明のコメントを並べ、緩い質疑応答の末、全員が陳謝。フラッシュがパチパチパチって絵がとりあえず撮りたいだけでしょう。この映像流しておけば…みたいな部分、どこかありません?テレビ関係のディレクターさんはこれでひとつ報道映像が完了って思っていませんか?「おおっ、どこかの役員とか取締役が雁首並べて神妙な表情でふわふわした謝罪文を読み上げて、最後に申し訳ありませんでしたって、アフリカかアマゾンの儀式でももっと神格化して尊いイメージがありますよ!」つ~感じ。とりあえず「誤る」か「辞任する」か「首を吊る」かみたいなことでIDを確保している空気が、さらに、テレビやマスメディアの地頭力の欠如・空洞化を促進しているのか。それとも、ニーズがそれを求めているのか?

 辞任の時期とか次の代行は誰だとか?もう、誰がそこに来ても畑の土が汚染されているんだから仕方ないでしょう。畑の場所を変えるか、植える野菜を変えるか、その価値・定義自体を別の首に挿げ変えるかしかないでしょうに。「抜本的な改革」耳触りはいいが、本来の語感と活用方法を完全に誤っている。「情報時代のITリテラシー」これも耳触りはいいが、意外と芯は喰っていない表現である。全部全部が言わば「信長の真実」みたいなこと。いまだに戦国時代や明治維新が大好きな日本人は歴史に対して相当肥大した妄想と期待と依存をしている。「信長」の真実など、信長しか知らないはず。なんの史実か誰の捏造か知りませんが、「伝説」の源流は正確には誰も知らないから「伝説」なのであり、伝え説くってこと自体、「頭」は不明ってこと。

 さて、頭を下げ続け頸椎が鬱血しているでしょうね。あの顔色みたら、そっちの方が心配ですよ管総理。