やっぱ2番か・・・。

 とにかく、標準的な日本人なものだから1番になりたいと思う。まぁ、昨今はそういう時代でもないのだろうが、子どもの頃から勉強でも運動でも趣味の世界でも勝負なら1番になりたいと思って努力しよう・・・みたいな人格でここまで来たような感覚がある。それがいいか悪いかなどこの歳になってしまえばあとの祭レベルではあるが、どんなしょうもないことでも1番になるのと、1番になれなかった差が精神的にとても大きな意味を持っている人間だなぁ~と思います。なぜ、それほど1番になりたいのかはまったく自覚できないが正しいのですが、どうせ努力して勝負するなら1番でしょう!?みたいな程度だろう。オンリーワンという称号がもてはやされた時期を経て現代の日本ではこの感覚はどこへ向かっているのだろう。

 しかし、なかなか1番になれないことばかりが人生続くとどこかで諦めるモノ。でも、上記のように標準的な日本文化で育まれてしまったものだから、この1番になりたい感じが歳を重ねる毎にどこかエスカレートしてきている感覚がある。これがとてもやっかい。子どもの頃に植えられた種が枯れずにいまだに発育中なのだろうか。とはいえ、努力してすべてが1番になれたかというとそうではない。あと一歩で優勝というところで無念だったことしか覚えていないぞ。振り返るとそんな記憶ばかり。クロコダイルが投獄されて白ひげに敗れた銀メダリストがこの海には五万といて、白ひげに敗れただけで海賊王になれなかったと言っていた。尾田さんもココイチでなかなか深い物語を捻じ込んでくるものである。

 社会に出るとなかなかこのテイの1番になるための競技や勝負に出会えない。仕事にしても何をもって1番かなど不明だし、働きながら何か唐突にギネスを狙うことなど無謀極まりない。そんな中、バスフィッシングのトーナメントに出ている時があった。4年ほど毎年4~6回の毎月のバスフィッシングのトーナメントである。40~50名でブラックバスを釣りその総重量で競う大会である。ただの趣味の世界だとは言え優勝を目指して毎回臨んだが結果一回も優勝はできなかった。そのかわり準優勝が5回あった。「また2番か・・・。」みたいな。

 これを筆頭に、とにかく、なんでも2番が多いのである。1番になるためにできる努力をするのだが、いつもいつも2番。なぜこうもう2番が多いのかと・・・。だから、いつかは1番にとモチベーションが切れないのかもしれない。しかし、全力で勝負して1番と取りたい人が1番になれないとかなりへこむ。でも、又か・・・みたいな諦めとなにくそ!というモチベーションの微妙なバランスが実は一番楽しいのかもしれないと、たった、これだけのことで哲学チックになってしまうのである。だから、お前はいつも2番なんだと誰かに言われていそうである。つまり、1番になる人ってのは別段努力せずともコンコンコンと結果を出す人なんじゃないかと。努力型の人間はこの天才型のコンコンコンタイプには勝てないのかもしれない。

 で、昨日は年に一度の健康診断。体重・身長・視力・聴力・血液検査・脈拍・血圧などなど午前中いっぱいかけて検査していただく。しかし、できるだけ早く終わりたいので本来8時30分に検診センターに行くのが一般的なのですが、いつも15~20名程の人員がこれらの検査をするため、1番の人と20番の人では終了時間が2時間の差になるのです。そこで、昨年は30分早く8時前に病院に行ったのですが、6番だった。う~ん、結果、終わったのは12時過ぎ。ので、今年は1番に行こうと思って1時間早く病院に行く。まさか、1時間も早く行けば余裕で1番手にエントリーできるだろう、早過ぎてちょっと時間をもてあましてしまうかもれいない。そのためにちょっと本でも持って行こう。と7時30分に病院に到着。病院もまだ受付が閉まっている。ナースっぽいひともまだ早朝の雰囲気で院内を歩く人もまばら。うんうん、これは間違いなく1番だ。検診センターの入口に到着する。

 う~ん、わけのわからん中肉中背の65歳ぐらいの親父が早く来た人用の丸椅子に座っている。そして、元気な声でこちらを向いて「おはよございます!」と挨拶される始末。「おはよようございます。」とその人の隣に座る私。う~ん、やっぱ2番か・・・。