癒しのメカニズム。

 その愛犬が飼い主を癒すという。そもそもその飼い主はちょっと自閉ぎみであまり他人とのコミュニケーションが苦手。技術職で仕事はできるがどうも対人関係で悩み結果職場からリタイアしたそうです。考えれば考えるほど気持ちが沈み社会との関わりがおっくうになっていったそうです。このパターン的にはよくあるあるのテレビの設定ですが、ほんとにそんな人(ケース)をわざわざテレビの事例でチョイスするほど一般的なのか?まぁ、一般的なテーマではテレビの視聴率に繋がらないから一般的ベースの特異な設定だろうが、どこまでリアリティーがあるのか疑わしい。その疑わしさをベースにショートストリーが展開される。

 その男性の妻がそんなだんなをふびんに思い犬を飼う。これが介護犬でありセラピー犬だというお話。ほんまかいな?の連続であり、ツッコミどころ満載な流れなのですが、それでも、テレビに注視している以上、これは結果引きつけられたということになってしまうのかも?も含めて最後までこのショートストーリーを観ていた(しまった)。もしも、クリームの上田さんならどんなツッコミだろうか?その視点がどんどん物語の核心になればなるほど覚醒される。そして、そのセラピー犬は飼い主の心臓発作を予知し飼い主は命を救われる。で、そんな折、今度はそのセラピー犬の癌が判明する。飼い主は自分の命の恩人を、恩犬を癌から救うために優秀な獣医を探して癌は摘出・克服される。さぁ、どや!ドラマチックやろ!というオチ。で、エピローグでそのセラピー犬は別の病気で他界する。この老夫婦に見守られて・・・という物語。なんじゃそれ!

 さて、この物語のどの部分が癒しなのか?斜めからしか見ていないから、ツッコむ部分しか覚えていないが、もし、これが自分の愛犬だったらどうなのか?結果、癒されたというリアリティーは感じるのだろうか?「癒す」という言葉ももうパターン化している昨今、それでも、人は癒されたいということだから、このテイが今もあの手この手でテッパン的に繰り返されているのだろう。癒しについてどう向き合うかが分からない上、癒しに対して自分自身がどの立ち位置なのかも不明。癒されたというリアリィーもあまり実感としてない人間だからかもしれないが、どうも、このメカニズムはある特定の人に対してのみ有効で、普通はというか、多角的にモノゴトを捉えるタイプの人間には無効のような気がする。つまり、癒すことができる人しか癒されているという実感を得られないような。作用と反作用の関係で、具体的に不明だが「癒す」という感覚を論理でも洞察でも座標化するでもなく「在る」と捉えられる人だけの不思議な感覚・共通言語とでも言うのか。

 それは、実は道徳のようなもので、慣習でも法律でも学問でもない、偏在する感覚。そして、誰にでも比較的浸透率の高い不思議なキーワードのような気がします。実際、ナイフで指を切る。血が出る。傷が癒されるという語彙からさらにdeepに踏み込んだ概念のマトリックス。そこでは、犬が人を癒しているのである。さて、人は犬を癒せるのか?

comments

動物と子供のはだかが出てきたら出演者の人間は勝てないとか、ガキの使いのプロデューサーのガースーは動物とラーメンは数字を取るんだよね~と言ってます。
兄ちゃんの影響か最近は動物と芸能人の番組は見ないですね、動物のみにクローズアップしてある番組は面白いですが。
この犬の話しは、後藤さんのすべらない話と紙一重です
後藤さんの家族は両親がケンカばかりするので家庭の雰囲気が張りつめていたので、ウサギを飼うことでそれを改善しようとした、結果そのウサギを家族が可愛がり癒されたのですが、ある日ウサギが癌のような病気にかかり病院に連れて行くのですが手術は危険なのでこのまま見守るしかないとの医師の判断でしたが、危険でも何とかしてほしい、このウサギは私たち家族にとってかけがえのない存在なんです。とお母さんが懇願する、医師はそれではやってみましょう決断し手術は成功するのですが、会計でOO万円ですと言われ、お母さんは「OO万円? OO万円あったらこのウサギ何匹買えるねん!」と言い放ち、その場にいた人は「え~!!!」となるのです。
その空気を感じたウサギはかなり長生きしたとか?
こちらがリアルで、あちらは特異事例でしょう。

  • kuni
  • 2011年07月08日 19:18

癌の仕組みを研究すればするほど
癌細胞というのは不思議な存在らしいですね。
何故?癌になり、何故?癌にならないか。
ある哲学者は癌は神様の贈り物だという意見があります。
人が死ぬ場合、不意の事故死、戦争などでの必然死、
他殺の場合、自殺の場合、そして、老化。
老化以外は言わば不幸ですよね。

でも、癌は不幸だと捉える見方と自分の死期を
前もって教えてくれる、言わば、生命の意義を
考えさせる時間を与えてくれ、それを、家族や友人とも
共有できる出来事だと捉えています。

確かに、車にはねられる。地震で家屋が倒壊して
下敷きになる。遺書を残して飛び降りる。
どれも、周りの人間は突然ですからたまりません。
しかし、癌はその人の最後を見守れるのですから。
辛いですが、生きていながら、自分自身で死を
受け止める一定の時間が得られるのです。
こは神様からの贈り物だというフィーリングは
わからなくもない。神様は信じていませんが・・・。

後藤さんのうさぎは結果、「強いうさぎ」だったのですね。
素晴らしい。

つまり、ブレードランナーの「time...」です。
一回どうぞ。

  • khuz
  • 2011年07月09日 09:19

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