FBI美術捜査官という書籍。

 FBIは1万3千人もの捜査官を擁しているのに、この美術犯罪チームには12人。しかも非常勤とこの書籍には紹介されているそうである。その捜査官ロバート・ウィットマンの約20年にわたる美術品盗難、盗掘、詐欺などの捜査を濃密に描いたノンフィクションがこの書籍だそうです。盗難被害にあったフェルメール、レンブラント、ピカソ、マネ、ノーマン・ロックウェルといった傑作が次々に登場し、それを奪還するべく潜入捜査にあたったウィットマンたちチームの活躍はリアリティーあふれるエンターテイメントだと紹介されている。美術品の価値について世界と日本の違いはどうなのだろう?とこの紹介文は閉じているが、価値があるからこそ盗難の対象になり、裏ルートを介して大きな犯罪として成立してしまう土壌が世界にはあるということ。一方日本の美術作品はほんとにどうなんだろう?世界的に価値があるのかないのかなど、裏ルートの相場など知る由もないし、表の相場さえも不明極まりない。盗もうとした犯罪者には美術品の価値を判断する能力があり、大きなリスクを覚悟で法を犯しマネーを転がしているのだろう。美術品の貨幣価値についてという分野や美術家・芸術家が何故貧乏なのか的な書籍や画家のドラマチックな人生を読むにつけ、魅力的な人生だが、さて、自分はそこへ踏み込めるのか?と若い頃からずっとどこかで考えてきたような気がする。芸術はお金ではないから、貧乏をしても自分の絵を描くことの至高に純粋な魅力を感じながらも、「それで飯が食えるのか?それで家族が養えるのか?」という頭の中の声とのパラドックス。実際、なかなか、「絵で飯を食う」レベルは現実的にはなしとしてしまってきた。どこかで、チャンスがあればなどとも虎視眈々さは失っていないつもりでも、そちらののびしろが確約できない状態で、現在のスタイルを廃棄することはできない。

 で、ある意味、この捜査官の対象になるような犯人諸子はもしかして、芸術家崩れ!?どこかで絵画や芸術品の価値を見極めながら、芸術とは対極にいるようにFAKEをかけながら、実は、自分自身も芸術の道に・・・みたいな犯人像を勝手に想像してしまう。

 という感じで、面白いアプローチな書籍ですね。物語は常に捜査官目線で進行するのだろうが、その中に芸術の価値についてどのような切り口があるのか?芸術品をお金に変換する瞬間、それは、100%ビジネスとして犯人は割り切るのかどこかで芸術へのリスペクトを引きずるのか・・・?みたいな楽しみ方ができそうな予感がしますね。