資質って実は怖い・・・。

 デジタル時代、何をするにも、職人技がソフトウエアで安価に処理できてしまう時代。また、アナログの技術やセンスがデジタルに変換されそでなかなか移行が難しいテイストも・・・みたいな時代。多様多様と何が多様か分からないほど、とりあえずなんでもかんでも「多様って言っとけば!?」みたいなこと。最近の大学の生徒募集のパンフレットやポスターやテレビCMの捻じれ加減はほんとに見苦しい。日本の大学ってひと昔はいわゆる狭き門だったんじゃないの?入学するのは厳しが合格すればあとは卒業までキャンパスライフをエンジョイしましょう!だったじゃないですか。私自身は違う意味で骨の髄までエンジョイしましたが、入試の実技ではそれ相当のテンションで臨みましたからね。それがひと昔で、何何大学卒業って看板を背負えるような看板ではなかったので、社会と接点を持つのに苦労はしたが、苦しくも楽しい大学生活だった。なのに、現代は高卒者の内定率が落ち込んで、大学生人口が増えているって話。これはもう本末転倒どころの騒ぎではないぞ。どうやら、高校卒業しただけでは、企業からの反応が薄く、だから、大学に行くってのなら、道理が通っているが、どうも、就職できないから、大学に行く~みたいな流れもあるようなないような。そんな都合のいい大学ってあるかな???例えば、高校では不十分な実技や研究や学問を追求するための大学でしょ?現代の大学って予備校のようなテイになっていないか?社会に飛び出すための助走ならまだいいが、学生が社会に馴染むためのリハビリ施設になってないか?で、大学側も生徒が欲しいから、4年間の授業料を維持したいから、学生を甘やかす。勝手に自分の世界を見つけた人材は何も4年間在籍する必要はない。温室化で社会から隔離された空間でしなやかに育成されるから、現実の壁の前でフリーズするんじゃないの?

 で、大学生が増えているってことは、実は、国内の大学の数も増えているっ~話。どうなのこの現実?絶対この流れで日本からマークは現れないですね。悲しい・・・。

 さて、前置きが長くなりましたが、「資質」のお話。人間の資質ってどの段階で確立できるのか?しているのだろうか?将来の夢をあなたは何歳の時に決めました?大学卒業してから?一つ目の会社を辞める時?ユーキャンで資質を磨いて新しい夢を手にしている人、それは本当に夢ですか?資質って実は学ぼうと意識化しても学べないものだと最近知った。新しい分野に挑戦するのは個人の自由だが、習うことと会得することの間には深い谷がある。教育期間に何を感じて、自ら好奇心を持ち、探究心を研鑽してきたかの裏にあるものが言わば「資質」。気まぐれに「あれやりたい」「これやりたい」で才能が開花すればそれこそ1億人総クリエイターである。しかし、これは絶対にない。成長のどこかの段階で人は必ず自分の資質と向き合う時期がある。その大切な時期に踏み込んだか躊躇したかで実は「資質」は変化する。化学反応的な表現でお茶を濁すこともできるだろうが、モノゴトそんなに安易でもない。逆に、「資質」があるから、社会との関わりがスムーズになるかとなるとこれも違う。「資質」が邪魔をして社会との関係性から距離を置くタイプもいる。だから、「資質」は怖い。「資質」を存分に開花・覚醒して立ち回るか、自分自身の「資質」に箍をかけリミッターを設置してフラットに浮世を流すか・・・。

 そんな私自身の「資質」は何だろう?皆さんの「資質」は有効に機能していますか?