アルプスの画家「セガンティーニ」。

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 7月16日から滋賀県の佐川美術館(守山)で開催されている「セガンティーニ展」をチェックしていた。やっと、ラストウィーク前に何とかい時間が作れたので行ってきました。なかなか、滋賀県には陶器とか立体の美術館はあるのですが(と言っても少ないのですが・・・)、絵画となるとなかなかモホノンが来ない。佐川美術館は今回初めてだったのですが、この展示会も30年間熱望されたそうで、主催者側も相当の苦労をされたとメッセージボードに記載されていた。

 そりゃそうでしょう、センガンティーニはなかなか滋賀県に、もしくは、日本には来ないでしょうから。という意味で彼の41年間の奇跡の軌跡をその場所で対面してきました。やはり、モホノンはいい。よく、「会場は混雑しているから私は図録を買って自宅でじっくり絵を鑑賞するのです。」とか「インターネットのデジタル画面でオフィシャルサイトで鑑賞するから展示会はいかないの・・・。」とか言う人は、モホノンが持つ存在感を一回も感じたことのない残念な人。印刷物やポスターやパソコンの画面でどれだけの美術印刷技術で再現されようが、どれだけ高解像度の画面で再現されようが、そこには絵画の持つ魅力はない。配色や構図やバックボーンに一喜一憂したいなら、それで充分であり、蘊蓄だけ並べたいのなら、それすら必要ないはず。絵画は絶対に美術館で出会う必要がある。そして、その絵の前に立ち、自分自身の中からどんな声が聞こえてくるかを聞く場所なのである。

 最近は携帯端末で「音声ガイド」なるものが入口に置いてあり¥500とかで会場内をそれを持って歩き、絵画の説明が聞けるシステムなっているようだが、そんなの聞いて何がどうなる?そこにいるのは、自分の中から聞こえてくる声、絵が語りかけてくる声、この絵画をコレクションしている人の声を聞くためにここに入ってきているのではないのか?誠に残念。

 その存在感とひと筆ひと筆を感じて心に刻んできました。セガンティーニ20歳の自画像ですら、すでに140年前の絵画です。それは小さい絵でしたが、間違いなく、彼の20歳がそこにあったような気がしました。モノホンの絵画からはそれを描いた画家の鼓動が聞こえてくる。