2011年09月 アーカイブ

じゃんけんの法則。

 いちびり川柳というノリがある。例えばこれが優秀作品。

 「じ ゃ ん け ん で  俺 も 出 世 が  し て み た い」。

 このいちびり感覚がなんとも素敵ですね。じゃんけんて「勝ち」か「負け」か「あいこ」しか結果がでないし、確率的には公平に1/3だし、結果を明確にするためにもこの法則はとても有効である。でも、何故、パーとハサミとグーになったのかまたリサーチしてみたいものです。これは世情的なAKBのあれに対してちょっといちびっている川柳ではあるが、にしても、完成度は高い。

 でも、世の中の出世の仕組みってそう考えると、さほど複雑でもないかもしれない。お家柄や性格や背景が出世には深く関係しているように思えるし、いやいや、実力の世界だから出世するためには、努力だけでしょうと確信している人も多いはず。だから、そんな二人がじゃんけんをして上司と部下の関係を決めたり、給与の査定額を決めるのが公平感がある。そもそも公平感にしてもただの先入観だし、結果、何を持って出世とするのかについても世の中的にそれほど単純でもない。

 で、僕はじゃんけんが強いと言う人がたまにるが、それこそ、「たまのたま」。人間自体が「法則」とか「公平」とか「出世」とか言い出したからそれに巻き込まれているだけ。そういう意味において、このいちびり度合いはなんともGOOD!

 いずれ日本の政治も閉塞後の抜本的な改革と組織づくりにこの手法を採用するだろう。

キングサーモンの夢。

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 うん?夢のキングサーモン。なぜか、昨晩、夢に出てきたキングサーモン。何故だろう???

我流ではなく基本から。

 「Mac Fan特選のグラフィック・DTP・Webデザイナー養成スクールとは? 確実にスキルを伸ばしたいなら、我流ではなく、基本から専門家に学ぶべき」というキャッチコピーのメルマガが到着していた。まぁ、よくあるメルマガの内容だったので特筆するべき要素はないが、この分野に限らず、現代は個人の持っているポテンシャルが仕事の成果を左右しそれが引いては会社・企業・組織の総合力になるという構図。これは何も現代に特化した傾向ではないものの、よりその傾向というか影響は熾烈でありリアルにガチになっているように感じます。

 で、「グラフィック・DTP・Webデザイナー養成」というベクトルでのお話ですが、例えば、グラフィックデザインの世界においてスクールで学ぶべき、会得・体得する知識や技術って最近ではどうなんだろう。いきなりイラストレーターやインデザインの使い方から入るのだろうか?そもそも、グラフィックデザインとはイラストレーターによるオペレーションのように捉えられているが、絶対にそうではない。それは手法や手段の部分であり、グラフィックデザインには、案件に対する捉え方やデザインに消化する際のアレンジやセンスやノウハウ的な部分がその完成度・品質を大きく左右するのに、その基本の養成となると、相当の時間とモチベーションが必要なはず。それをどこまでこの養成スクールで分化しているかがまず疑問。その上で、「デザイン」という概念をどう捉えているかでそれぞれののびしろが決まりますから、A4に文字を並べて大小の差をつけてテンプレートに沿って仕上げることが「デザイン」だと養成されてしまうと、のびしろは見事に期待できない。家を建てるのに金槌で釘が打てるだけでは家は建てられない・・・みたいな。

 つまり、いろいろな書籍でWORDでチラシをデザインしよう!的なノリはありはありだが、デザインしよう!の最初のボタンをかけ間違えている。デザインはそんなにディープな捉え方をする必要はないが、安易に捉え過ぎていると、自分自身が既存のテンプレートから抜け出すことができなくなる。そこをもし基本として養成されると、目の前の課題・案件はクリアできても、次の白い紙にひと筆も入れられなくなる。だから、紙面でもWEB画面でもモニター画面でも同じ。すでにある素材を並べるだけでは最近ならiPadで3歳児でもやること。素材からこだわりながら、最後の完成形のバリーションを頭の中の引き出しに幾つ温存・保管しているかがアマとプロの違い。爪を隠すことの醍醐味を知っている鷹は簡単に舞い上がらないということ。常に蓄えながら無駄なテンプレートを削除していく楽しさが実はデザインの仕事の楽しさなのである。と信じて取り組んでいます。

素材集到着!


 注文していた素材集が到着!うんうん、なかなかこれいいっす!さぁ、アクトのWEBサイトをそろそろガチでリニューアルリニューアル。仕事の隙間に捻じ込もうと思って早1年、ほんとにほんとにどげんかせんといかんいかん。もう、構想だけが妄想のように頭の中で独り歩きして実現不可ギリギリのところまで来ているから、ちょっとづつちょっとづつHTMLにしていかねば・・・。とは言え、古臭いモノにすることはできないのでこのさじ加減なかなか自分で自分のハードルを上げてしまう傾向にあり、手が止まる始末。やっぱ絵に描いた餅は食べられないということ。わかっているのですが、頭デッカチになってしまいます。この素材をきっかけに少しづつ少しづつ・・・。

日本人の9割に英語はいらないとな・・・。

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 元マイクロソフトの社長が緊急提言!ってことで、なんと「日本人の9割に英語はいらない」と言い切ってしまいました。その上、「英語業界のカモになるな!」ということ。なるほどなるほど、確かにそうですね。なんとなくその意図するところは分かる分かる。「頭の悪い人ほど英語を勉強する。」「楽天とユニクロに惑わされるな。」「英語ができても仕事ができるわけではない。」「インターナショナルスクールを出て成功した人はいない。」「早期英語教育は無意味である。」などなど、素敵なフレーズが盛り沢山な書籍のようですね。まぁまぁ、ここまで言い切らなくとも、もっと、このようなポテンシャルな著者なら小出しにすればいいところ、一気に放出みたいなことかな。いやいや、元マイクロソフトの社長さんだから、この程度はジャブかもれいないぞ。「頭の悪い人。」って例えばどんな人だろう。まぁ、IQ100以下はそっと放置するとして、仮に、高学歴で資産家の御曹司という場合と、学齢は特になし一般家庭に育ち雑草のような場合とでは、簡単に比較はできないが、御曹司でバカ、雑草タイプでクレバー、ということになると、ここに「英語力」をアレンジして人を評価する基準値にモノ申す・・・みたいな事かな。

 ご自身のご経歴を全面に出しながらのこの切り口。よほど、編集者に操られた感満載なのか、そもそも、この著者のモチベーションなのか?ちょっとかなり相当気になる書籍ですね。

 で、「英語勉強している暇があれば本を読め!」とのこと。うーん、9割に入っていないことを祈るばかり。

映画「X-MENファーストジェネレーション」。

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 うんうん、いよいよ、今日からDVDがレンタル開始。楽しみ楽しみ。

かなりお気に入りのハットです。

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 このタイプのハットをここ数年ずっと探していた。かれこれにすると5年ほど探してきた。しかし、意外とこのタイプのハットはない。ふと長浜の「ここち」さんというセレクトショップでこのハットを発見。手にとり、一回試着させていただき決定。これはかなりお気に入りの逸品です。

セレクトショップここちさんの公式WEBサイトはこちらです。http://www.kokochi3344.com/

ガッチャンポンプ。

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 昔、家にも井戸があり、このようなガッチャンポンプから冷たい水が出ていた。夏でも井戸の水にスイカをつけておくとちょうどいい冷たさで冷えている抜群のスイカを想い出す。あの頃はエコだとか温暖化だとかまったく世の中にはなかった。日本の生活水準も一周回ってゆき過ぎていた部分がそぎ落とされて本来の生活の基準値が見えてきたような。全てを失う前に気づくことが大切、しかし、人間は全てを失わないとそれに気が付かない・・・みたいな警告を新聞やテレビで見るが、そうかな?それは、メディアのチープな戦略・戦法でしょ?気が付いている人は気が付いている。ただ、そういう人は無意味にそれを主張しないしそれが当然だと思っているから、そうでない人を否定しないだけ。なのに、その対極にいるひとはそうでない対極をこれみよがしに否定して自分を肯定している仕組み。そんな不自然なアンバランスな状態はいつまでも続くはずがないのです。

 そもそも、水道水を何故濾過する必要があるのか?それを「美味しい美味しい」とテレビで連呼するから、濾過機が売れてその水が美味しいと錯覚してるだけじゃないの?今でも充分に水道の水は美味しいですけど・・・みたいな。たぶん、このポンプから出てくる水も美味しいはず。

インバスケット思考とは?

 WAVE出版というところから出ている現在大反響!たちまち7万部突破!的な書籍がこれ。「究極の判断力を身につける インバスケット思考」という書籍。価格的には¥1,575(税込)なり。著者は株式会社インバスケット研究所の島原隆志さんという方。その広告文には、「アメリカ空軍から生まれた最強のトレーニングツール インバスケットとは、多くの未処理案件をおこなうビジネスゲームのことです。」とあり、ポイントとしては「自分のリアルな仕事力が測定できる。」「仕事パフォーマンスがアップする!」「多くの一流企業の昇格試験で続々採用!」と紐解かれている。そして、「降りかかるさまざまな20の案件を、60分で片付けられるか?」みたいな投げかけあり、「あたなたもう体験しましたか?今、ビジネスマンにもっとも注目される、最強の問題解決トレーニング!」とまで言い切っている始末。しかし、どれをとっても確証のない仮説への入口。

 まず、何故、なんでもかんでも「アメリカ空軍」ありきなのか?そこで生まれたことが何故「最強」へシンクロするのか?そんなに安易ではないでしょう?でも、日本人のウィークポイント「アメリカ空軍」から文脈を始めるあたりかなり意欲的なアートデレクターと編集者がマリオネットを楽しんでいる。で、「ビジネス」と「ゲーム」をさらりと組み合わせてしまう始末。ここはこの広告のライターさんの真骨頂なんだろうな。実際、このライターがこの書籍を読み、インバスケット思考でこの広告のライティングという案件を処理した結果がこの文脈みたいなことだとしたら、ちょっと、この思考は偏っている。仮説が仮説を生み過ぎてどこを中心に回転しているか不明になるようなことはないのか、この、インバスケット研究所!?みたいな。

 で、まだ、WEBサイト関連はリサーチしていないが、おそらく、この骨子に鰭がたくさんついてるだけの情報だろう。この書籍のホンマルをネットレベルで明かすはずはない。そんなへまをするような人間がマネージメントしているようでは、インバスケット思考はたいしたことはない・・・となる。さてさて、書籍を書店で手にした時、どんなインスピレーションがあるか期待しながら、まぁ、4段目の引き出しぐらいに入れておこうと思っている書籍ですね。

 どんな案件かは不明ですが、60分もあれば20個程度の案件処理できるでしょう・・・。

2/100か・・・。

 今日、いいともに東方神起の二人がゲストで登場した。独特の雰囲気でタモリさんとのトークが進み、いつもの1/100アンケート。二人はどうやら富士山に登りたいらしく、忙しいことと、一般的に富士山に登ることができるのが7月と8月に限られるために登るタイミングを毎年逃しているらしい。すると、タモリさんもオレも登りたいと毎年気合いを入れるのだが、忙しくて準備ができずアタックできないんだよねぇーとのこと。しばらくこんな会話が弾んだ後に、東方神起の二人が「では、本日会場に来ておられる皆様の中で富士山山頂まで行ったことがあるという方はおられますか?」という質問をした。

 タモリさんも結構今は山登りがブームだから、5~6名程いるんじゃないの?みたいなコメントでアンケートスイッチオン!で、結果、会場には過去に富士山山頂に行ったことがある人は2人だった。うーん、これってどういう数字だろうか?多いのか少ないのか?確かにタモリさんが言うように、下手したら10名近くがいるんじゃないかと思っていただけに、2人はとてもリアルな数字だった。2%という数字は日本人全体として相関すると200万人レベルとなる。過去に1回でもとなるとこれぐらいの数字になるのだろうか???なるか・・・。

 で、東方神起の二人もタモリさんも一度は登りたいということを言っているのがなんか微妙に嬉しい感じで全体の2%に入っているということもなんかテンションが上がってしまいました。でも、2回となると、このパーセンテージは減るぞ。たぶん、1%を切ってくるだろう。間違いなく来年も登るので、そうなると、富士山に3回登ったことのある人は何%ぐらいなのだろう。どこかにその事についてリサーチしているようなWEBサイトがないかな?結構、複数回登っている人は多いが、その密度となると、恐らく全体の1%以下だろう。

 東方神起のおふたりなら、テレビの企画で登れるでしょうに。でも、残念、ストラップはゲットできませんでしたということ。

労働法入門!?

 普通ならこの分野の書籍は平気でスルーなのですが、なんとなく、気分的に少々心が喰いついてしまっている感覚がある。別段、その基準値だとか「働く」ということや「社会人」の定義について正面から取り組んできたつもりもないし、そもそも、この仕事をしてきた上で「働いている」という意識がどこかの段階で欠落しているような感覚もある。確かに、高校生の時に大学で一人暮らしをするために自分の好きな家具を買うために建設業のアルバイトをやっていた。雪の降るかなで一日中セメントこねて運んでこねて運んで・・・みたいな。腰にロープ一本括って土砂崩れした山の斜面にブロック塀を積み上げるために30mぐらいの高さで平気でぶら下がってスコップで山の斜面を削ったり、延々と続く田んぼにU字溝を並べるために凍っている田んぼの中に降りてU字溝を一日中並べる。挙句の果てに、トラックからその自分の体重ほどあるU字溝が太ももの上に落ちてきて田んぼにドボン!みたいなこと。さてさて、こんな危険な仕事をなんの保証もなしに平気でやっていた感覚で言えば「働いている」というリアリティーはあったような記憶。そのまま大学の頃も美術やデザインに関する書籍や画材を買うためにアルバイトをやりまくった。昼から夜になりまた次の昼になり最後はその夜中で終わりみたいな40時間ほど寝てませんが普通に成立する世界。でも、それは、目的があったからであり、労働環境について何か基本を会得していたかというとそんなことどうでもいいことで、とにかく、アルバイト代の為に与えられた仕事をした。それが、仕事だった。では、「社会人」とは何だろう?どこかの段階で学生から社会人になったかと言えば、それは大学の卒業の瞬間だが、それでも、その瞬間にスイッチは入らない。というか、働くと言うことで言えば、小学生の頃から家の夏季旅館の手伝いをしていたから、ここがスタート。だから、社会人という意識の境界はさほど明確ではない。ただ、大学4回生の冬、大学が終わるなぁーと感じた時、「社会人」という言葉のリアルを少しづつ自分の中に取り入れていかなければ・・・と感じた記憶がある。

 で、そんな、「働く」感じなので、今更「労働法入門」と言われてもピンともスンとも来ないが、なんとなく、この「労働法入門」という書籍が気になっている。さてさて、「労働」の本質とは何だろう?

遠回りが一番近道と・・・。

 あるジャズギターのマスターからの一言。「何事も遠回りが一番近道でしょう・・・。」と。うーん、なかなか、なかなか、この言葉は出てこない出てこない。これって相当ですね。この言葉が出せる人って深さとか広さとか大きさとかって尺度は関係ない。何をどう語るよりも「見てきた人、動いてきた人、感じてきた人の言葉」です。これは今でもジンシンと心に響き渡っています。

 に比べ、まぁ、よくしゃべる人、まぁ、自負と顕示のオンパレードな人、何も自分の手を汚さずに動かさずに口だけの雄弁で生きている人、そんな人が霞のように思える言葉です。これをネットでも書籍でもテレビでもない、目の前にいる人に言われたら・・・どうします?そんな状況?そんな言葉を出してくる人がいるんですね、世の中には。それだけで感動しているのに、その方は意外と滋賀県内に住んでおられるという始末。こんな野良犬でも歩けば棒、いやいや、ゴールドバーに出会えるんだという感じ。

 この言葉、もしかすると、2011年度、私個人の「誰かに言われた最高のフレーズ大賞」かもしれないぞ・・・。いやぁー、響くは、これ。動いている人の言葉って鋭く温かく質量がありますね。言葉は数じゃないんですね。うんうん、兜はないけど緒は締めておこう。

暖炉のある家か・・・。

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 暖炉のある家か・・・、いいなぁー、いいなぁー。素敵素敵素敵過ぎでしょう!

YBPとチームNJW!

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 で、ユキブラの皆様とチームNAGAHAMA JAZZ WALK!のメンバーでお約束の記念写真をパチリ。さてさて、カンジンのライブ風景映像は只今編集中ですので、このブログやNAGAHAMA JAZZ WALK!の公式WEBサイトで配信していきますので、また、チェックしてみてください。でも、ライブはやっぱ生です。その時間その場所に居合わせた人同時のシンパシーがアーティストが放つエネルギーとシンクロするから五感が震えるという仕組み。ひとりでも多くの方へこのリアルを届けるために、チームNAGAHAMA JAZZ WALK!の皆様はこれからも頑張って優良で高感度なライブを捻じ込んでいきます。タイミングが合えば、ぜひ、会場に来てくださいね・・・という感じ。

長浜ジャズウォークの公式WEBサイトはこちらです。http://www.nagahama-jazz.com/

NJW!ライブの準備風景。

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 総勢5名の、ギター、ベース、ドラム、電子ピアノ、フルートの構成でらっしゃるYUKI BRASIL PROJECTさん。いよいよ待ちに待っていたライブが始まるぞ・・・みたいなワンショットです。チームNJWのメンバーで会場が整理され楽器があっという間に配置される。セットアップされた楽器からメンバーの皆様が音を出し始められる感じ、5名が揃って簡単なフレーズやそれぞれの楽曲のタイミングを確認される感じ、テーブルの配置が確定され、ライトの位置が確定し、テーブルの上にろうそくが並べられ優しい光が次々と会場を温かい光に包む感じ。う~ん、ここら辺から実はライブの臨場感を楽しめるのが運営スタッフの特典と言えば特典。用意・設営された会場にただ足を運びそのライブを楽しむということもとても素晴らしいこと。大きな都市圏の会場ではなく、この長浜の市内でそれを演出・展開できるということはとても意義があり価値のあること。ライブはこれらの全てを短時間で具現化してくれる素晴らしいアクション。いやいや、最後の最後まで楽しかった。

長浜ジャズウォークの公式WEBサイトはこちらです。http://www.nagahama-jazz.com/

長浜ジャズウォークライブ9.23

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 昨日、長浜市内のカフェ叶匠壽庵様で午後7時より記念すべき「長浜ジャズウォーク!」ライブ第1段が開催され、素敵な会場と素敵なお客様、そして、素敵な5名のアーティスト(YUKI BRASIL PROJECTさん)がひとつの空間の中で、とてもとても素敵な素敵なこの場所だけにある「大満足」を共有しました。

 音楽のライブが上質であることはどれだけ多くの解釈や蘊蓄を重ねても体感はできません。その場所その時間その空間にだけ漂っているリアルだから。どれだけネットが進化してモニターの解像度が大きくなって3Dで表現されようが、疑似は疑似。ただの疑似。そこにリアリティーはないのです。

 だからこそ、ライブは現場でしか楽しめないが正解。

長浜ジャズウォークの公式WEBサイトはこちらです。http://www.nagahama-jazz.com/

似顔絵サービス。

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 これは私の作品ではありませんが、例えば、これぐらいの似顔絵・肖像画・ポートレートを1枚描いたとして、幾らぐらいだったら「買いたい!」と思うのでしょうか?ちょっとその感覚をちゃんと体系化していきたいと考えております。

 でも、昨今はデジタルツールが進化して水彩画とか鉛筆タッチもソフトウエアでできる時代ではありますが、だからこそ、「鉛筆画」とか「ペン画」とか「水彩画」の価値が改めみたいなことになっているような気がします。いくらデータの複製からの加工とレタッチで仕上げてもこの一枚とは似て異なるモノ。大きくその存在感として一線を画していますね。どれだけいろいろな手法や手段が氾濫しても、この存在感は唯一無二。紙と画材と手のタイミングで生まれる一枚にはそもそもの部分で価値があるのですね。

 これって、ビジネスの世界でもインターネットの世界でもマルチメディアの世界でも同じことが言えるんじゃないかな・・・。

仕事の効率。

 「「仕事の効率が劇的に変わる」デジタルツールの活用術をiPadで読もう!」とかよくよく考えればかなり強引な持って行き方である。しかし、そこはスルーして皆さん「iPadモード」になっていくのですね。確かにあればあったでiPad2はいいと思いますが、どうも手元に置きたいと心底動機の虫が動かない。何故だろう?それ買うなら別に欲しいものがあるから・・・が主な原因なのですが、それでも、「仕事の効率が劇的に変わる」とか言われると何がどう劇的に変わるのか?やはり、iPad2を買って使いこなしてこそ劇的に変わるのかな?などと考えてしまいます。実際、iPad2を買って仕事が劇的に変わった!という人がまわりに一人もいないことが機会を完全に失っているのでしょうし、結局、誰かが使っていることで芽が出て、その方とのコミュニケーションの末、そんなに便利なのかという枝葉が出て、こんなキレイな花が咲くならば、こんなに美味しい実が食べられるなら、ならば、自分もiPad2を買うとなるまでに至っていないのでしょうね。

 で、仕事が劇的に変わるって、劇的に変わる要因があったのか?たったiPad2一台で劇的に変わったあなたの仕事っぷりってどうよ?みたいな。なかったらどうだったのか?と屁理屈しか頭に浮かばないぞ。つまりこういう人間は一生iPad2を買わないエリアに属しているのかもしれない。

 ずっとずっと気になっているが、まだまだ遠いiPad2。

 仕事の効率は確かになんとかして劇的に変えたい。効率も品質ものびしろも戦略もシステムも全てワンランク上を目指したいと常々考えているが、そのひとつの答がどうしてもiPad2だとは考えにくい。でも、何かのきっかけや要因で仕事の内容を向上させていきたいと考えているので、もし、八方ふさがりになり何をどうしてもどうにもならん!という状態になったら、藁の変わりにiPad2みたいなことになるかもしれませんが、アプリの機能で劇的に仕事の効率や品質を上げてもバッテリーが切れたら終わりですし、故障したら直すまで劇的に・・・が停滞するわけで、まだまだ、仕事の本質を依存させるにはiPad2は大人仕様の玩具レベルだと思いますね。どうも、アップルがパワーユーザーを無視し始めてから嫌いな面だけにフォーカスしてしまう。坊主が憎いとiPad2まで憎いみたいな。

独学の精神か・・・。

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 この本のタイトルを始めて見た時に思ったことは、今更ながらさて私は義務教育と高等教育と大学教育の過程で何を学んだのだろう?で、社会に出てから言わば何事も独学というかいろいろな諸先輩方や師匠によって今がある。さらに、会社を設立してからは、いろいろな仲間に支えられてなんとかなんとか今のバランス感がある。この間「独学」というフィーリングはさほど意識していなかったし、多くの失敗をしてきたからこそなんとなくこの世界で生きる術を得られてきたような感じ。これを「独学」というには誠に僭越であり恐縮でもある。しかし、「独学の精神」とはいったい何をこの著者は指して「独学」と規定しているのか?これらがこのタイトルを見て感じたことですね。

 意外とミニマムなのか?それともグローバルなのか?はたまたストライクゾーン的には広いのか狭いのか?ビジネス書なのか啓蒙書なのかノウハウ本なのか?まだ、この写真を見ただけなのでこの程度のリサーチしかできていない状態での洞察・分析はこの程度ですね。

 しばらく、この気持ちを純化させて、「欲しいなぁ~」と想い出すのか?スカァーンと忘れるのか?まぁ、そいういう意味でブログに書いたことは書いたので、セカンドインスピレーションを待ちたい一冊ですね。

台風の後の虹。

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 昨晩はさすがに長浜も大雨でしたが、でも、ありがたいことに、奈良や和歌山に比べると長浜はほんとに大災害になることはない。暴風や豪雨などもさほどないし、土砂崩れとか河川の決壊などもない。よく、ランダムに竜巻警報が出たりするが、そんなの遭遇したことは一回もなし。このまま台風毎に少しずつ秋の装いになっていくのだと思います。台風の黒い雲の合間にちょっとだけ見えた青空に虹が出ていました。内陸ってこともあるのでしょうし、琵琶湖があるということで、水害や台風の被害がとても少ない地域性なのだと思います。ありがたいありがたい。夜もセミの鳴き声から秋の虫の音に移行しつつありますね。

MBAのコミュニケーション編か・・・。

 「いかに考え、いかに伝えるか?」ということですが、MBAを取得したある友人は確かにその国で国家の保安システムの仕事を引き受けているシステム会社のトップで頑張っている。何がなんでも会社を経営しているから有効打が打てるとは限らないし、組織や企業に属さずとも職人技でグイグイ行く人もいるのだから、何事も経営術ありきではないが、やはり、多くに受け入れられているMBAだから気になっていると言えば気になる。が、ただ、それほど深く入るようなことはしてこなかった。コミュニケーション編ということで編集されたこの書籍だから、現代のビジネス現場のニーズに沿った部分を厳選して紹介しているとしたら・・・の部分でちょっと気になる一冊ですね。

 「人を理解から共感へと導き、モチベーションを高め、スキルアップを促し、WIN-WINを構築するためのコミュニケーション術とは?論理思考を対人的な営みに応用し、ビジネスで重要な5つのシーン「伝達」「説得」「交渉」「コーチング」「会議」の構造を明らかにしながら、効果的なコミュニケーションを実現するための思考法、ツール、メソッドを伝授する」という。現実はこんなに全てが全て割り切れる整数ではないにしても、このアプローチがビジネス上のコミュニケーションを潤滑にするひとつの手法なら一度知恵として得ておきたいかなと思っております。

 たしかに、「いかに考えるか?」という部分はとてもひっかかりますよね。

 「論理」などひとことふたことで語れるような代物ではないが、時間を費やしただけののびしろがあるにはあるのだろうが、何も現代を生きるために必要なことは「論理」だけではない。いくら餅をキレイに描けても餅を食べるには餅米が大切であり、稲のお話から土のお話から育てる餅を創る料理するを経て初めて「美味しい餅」になる。「ほぉー、これは美味しそうな餅の絵だ。」というのと「うん!美味しい!このしょうゆ味がたまらん!」とは異物。

イタリア食堂という価値観。

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 「イタリア料理=パスタ」ぐらいの貧弱なイマジネーションしかないので「イタリア食堂」という価値観をオーナーがどこまでののびしろと展開イメージを描いておられるかがまだ未知数。しかし、私ごときが「食の分野」に口出しをできるほど食の文化は浅くも小さくもない。その道のエキスパートが自己研鑽と試行錯誤を繰り返し蓄積した知識と技とセンスが結集するお料理とは?自分自身が料理など焼きめしと親子丼ぐらいしか作らないので、イタリア食堂の価値観など知る術はなし。このレストラン様がオープンした暁には、そのテーブルに出される料理を前にしてそれをただただ実感すればいいだけのこと。グルメ音痴の私でさえ、こうして新しいレストランのオープンに関わらせていただくことで、これまで使ってこなかった「食脳」少し震えていますね。味覚について繊細さの欠片もないだろうし、シェフの細やかな心遣いがどこまでこの私の味覚でレスポンスを返せるか、気の効いたコメントなどもってのほか、何をどう対応すればいいのか、その料理を出された時のことを考えるだけで、唾液ではなく、冷たい汗が流れます。たぶん、おそらく、間違いなく、あさってのコメントしか絞り出せないのだろうなぁ・・・。これがガチのリアルだからまだオープンまでは日がありますので、今から、今から!?お許しを斯う始末。

 ひねり出してひねり出して、結果、「美味しいです。」としか言えないような気がします。間違いなく。もっと、グルメに対して味覚に対してデリケートに敏感に繊細になれる機会はそうとうあったはずなのに、これも、先天と後天の末の結果。生涯で好きな料理が「1番うな丼・2番生姜焼き定食・3番トンカツ定食」レベルの私にはこのファーストインプレッション、今から実はかなりプレッシャーなのです。

リトル・ピープルの時代。

 宇野常寛(うのつねひろ)という方の書籍で幻冬舎から出てい¥2,200の書籍。この書籍の紹介文・広告文にはこう書かれている。「おそらく2011年がどのような年であったかを記憶する歴史的な書物となるであろう。虚構と現実、内在と超越、複数と単数。著者は現代哲学とも交錯する諸問題を「正義なき時代に正義を描かざるを得ないその商業的要請に正面から応えたがゆえに、この新しい世界を深く、鋭く描き出すことに成功した。」平成仮面ライダーシリーズに見出す。もはやそこでは敵と味方、正義と悪の区別をつけることが困難になる。中略、われわれの外部に超越的に屹立する唯一の巨大な悪ではなく、内部に内在的に拡散する複数の卑小は悪を見つめ、われわれ一人一人がその小さな悪であることを認めること。だからこそ「ここではないどこか」へ救いを求めてはならない。あくまでも「いま、ここ」に立ち、内部にどこまでも潜り、唯一のものを多重化し、悪の意味を変えてしまわなければならない。さまざまな人々との関係によって発現する自分の中の複数の「私」を行肯定し、「虚構」としての想像力を縦横無尽に用い、単一の仮想現実を、現実と虚構が混在する複数の「拡張現実」へと押し広げ、「日常と非日常の境界」が曖昧に融解していこうとするこの現在の危機を生き抜かなければならない。中略、確かにそこには「貨幣と情報のネットワーク」が生み出した異形の可能性が満ちていた。しかし同時に、人をおそろしく幼稚で陳腐なものに退行させる兆しも芽生えていたと感じられもした。勿論、著者もその両義性について意識的であったろう。ただそれを無条件に称揚するだけでは許されないはずだ。」と締めくくっている。

 で、ただ、それを「虚構」として追いかけるのではなく、どこか「現実」サイドから見つめていきたいとも思う。まぁ、実際、この書籍を読んでもそこについて詳細を確認しても自分自身の想いの視点は変わらないだろう。しかし、非常に気になる一冊ではあるが、書籍よりもこの書評がテク的に上手い場合もあるから注意が必要でもある。

複製不可なるモノ。

 デジタル時代の繁栄には「複製」というキーワードがそこかしこに適用できる。そもそも、技術の進化とはこの技術で全て包括できるような気がする。多様なニーズを商品化してレスポンスを得るために常にフロントを走っている人達は複製技術を進化させてきたとも言えなくない。沈滞している分野、失速している分野に言えることは複製のスピード感に追随できなくなったからの孤立であり、そこに元来の価値を創出できくなったことで必然的に降下しているのである。まるで、生物の世界の自然淘汰のような構造である。絶滅危惧種が保護されるの対象は生物だけのお話でビジネスモデルは絶滅しようが保護の対象ではない。熾烈な弱肉強食がそれ。サバイバルに生き残りたければ進化しなさいとどこかから声が聞こえるとか聞こえないとか。でも、そもそもの部分で進化という言葉、ある側面で便利で有効だが、ある側面で破壊や混乱をもたらしているとも言えなくない。しかし、世の中はバランスであるから二極化も必然であり、創造も破壊も必然なのであろう。

 「シェア(共有)」という本能の部分と「孤立」という頭脳を持ってしまった人間が協調性とエゴのジレンマで右往左往している間に障害競争をクリアしている脚力のあるランナーがゴールするみたいなことなんでしょうね。「仕事がない。」という言葉を悲痛に捉えると上記の考察から必然と捉える側面と偶然と捉える側面に分岐するが、さて、この場合の「仕事」の語感はどうあるべき?社会や経済の構造からはじかれそうな人が「稼ぎが少なくなって・・・」みたいな愚痴はどこか孤立の頭脳で自分の存在を擁護しているようにも思え、デジタル複製時代に自己のポテンシャルで共有すればいいことを心で理解していても、頭が反応できていない悲劇なんだろう。

 東大・京大のスマートエリートが現在ストリートで起こっていることを黙殺してきた結果、正解が誤解になる構造・法則。つまり、正解などどこにもないのだから、偏差値をいくら稼いでもリアル社会の綾の中でバックラッシュ・・・みたいな。

 ラインが出せなきゃルアーはキャストできないぞ、ルアーを動かせても反応させなければバスは手の中に落ちてこない。しかし、バスを釣ってもリリースすることが全体のモラルなんだから、何故、ルアーを投げるのか?と開き直ることは容易いがそれがバスフィッシングですからって感じ。つまり、複製不可なるモノとは、自分の手を汚して濡らして傷つけながら得た獲物であり、それは、得ているという実感ではなく、たまたま、今だけ手の中にあるという感覚でいいはず。複製して所有していると勘違いできるならそれもいいが、数多の原理をひも解き自分の存在をそこに見出せたと勘違いできるならそれもよし。結局、所有と共有のジレンマを繰り返しいつか炭素に還るだけなのだから。

 で、今、何にディテールを感じますか?五感は何をキャッチしていますか?独占しようとは考えずに共有しようとすればすべての摩擦が最低レベルに落とせるはず。摩擦を減らして誤差なくし違和感がなくなれば、必然的に感覚は研磨され時間の流れが自分自身のパスルとシンクロするはず。そこが結局一番気持ちいいことのような気がしますね。この法則はたぶん古今東西の数多の概念や宗教や哲学が分析・論化しようとしてきたことであり、その一旦を知識として得ていても実際、飯が食えなきゃ生命は維持できない。まぁ、このように文章化している段階でもうヨタ話・虚像・井戸端のつぶやきなのですから、ブログってここが限界点なのでしょうね。

55%か・・・。

 ある組織が世界の上位100万件のWEBサイトをリサーチしたところ、jQueryが実装されているWEBサイトが55%あったそうです。そうかそうか、そういう流れなのだという感じ。2005年からの本格的にAJAXが動きだしてから、jQueryは並走しているとう構図。java.s.はちょこちょこ必要に応じてWEBサイトを創り始めてから実装してきたし、FLASHのA.S.に取り組むようになって、JAVA.S.も平行してリサーチして実装してきたから別段このライブラリーが目新しい感覚はない。しかし、55%という数字はちょっとびっくりでしたね。そこまで実装されているということは、ビジネスシーンに置いても必須のアイテムだということになり、安心できるライブラリー言語だということですね。そのバリは相当な数があり、改造も全てテキストベースだけにちょっととっかかりはハードルが高いのでビギナーはちょっと苦戦するだろうが、一回実装して改造すればその全体像は掌握できるシンプルな言語だけにこれからガチでWEBサイトに取り組む人は必須でしょうね。

 まぁ、昨今のWEBサイトは機能やスペックだけではないので、これが手に馴染んでもWEBサイトとして成立させるには他のノウハウが必要不可欠。それほどWEBサイトを構築するということの全体像は複雑です。でも、これを手の内に得ているのと得ていなのでは、結果としてのびしろに深く影響を及ぼすでしょうね。

 改めて言語の改造は面白いので楽しみながら実装していきたいと思っております。まずは、サンプルとしてアクトのWEBサイトのリニューアルをFLASH抜きで取り組んでみようと思っております。とは言え、FLASHを実装しないということではなく、ひとつ深い改装にFLASHはFLASHでゴリゴリを実装する予定です。常に新しいテクを求める貪欲な世界だけに、イラレとP.S.でDTPができるグラデの世界とはまた違った緊張感があるWEBサイトからのマルチメディア・クロスメディア系はいと楽し。

映画「アジャストメント」。

 昨晩、映画「アジャストメント」のDVDをレンタルして観た。最近では、映画「SUPER8」でかなりテンションの高いブログ記事になってしまったが、これもなかなか、GOODでした。動機付けは勿論「M.デイモン」と原作のF.K.ディックではあるが、それにしても、GOODでしたね。こんなブログでその詳細は語ることはできないし、まだ、観ていない人に対して残念なことはしたくないので、主観的な感想だけを少し書きます。

 まず、「運命」の捉え方がいい。人がそもそも信じている「運命」に対してこういう切り口でこういう物語にされてしまうと、そりゃ引き込まれるでしょう・・・みたいな展開。それをリアリティーにしてしまうシナリオや撮影技術や特殊効果や様々なアイテムを追いかけているだけで、あれ?「運命」ってそう言えばそうだよなぁ・・・となる。それが、M.デイモンとあの女優さんですから、引き込まれないはずはない。着想している視点とこの時代だからこそのこの映画、それが、しっくりし過ぎでベストマッチ。たぶん、日本国内での興行成績は悪かっただろうと想定されるほど、秀逸な映画でしたね。

 で、原作を改めて読みたいと今考えております。映画を観るまではステイしておいた原作本なので、早速、書店でゲットしたいと思っております。おそらくディックの原作だと思いますので、短めでしょうが、映画を観た後だから、また、ディックの原作が沁み込む感じではないかと思っております。

 ぜひ、この秋にDVDレンタル的にはオススメの一本ですね。

イケアストアはいい。

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 ある方からイケアストアのカタログ(パンフレット)を一冊頂いた。これがなんともモノホンで完璧。何がどう完璧かというと、まず、商品に対する安心感がパンフレットの情報を読んで観ているだけで伝わること。おそくら印刷物としてのクオリティーが最高級なんだろうと洞察することができる。さて、この印刷物としてのクオリティーについては非常にケースバイケースであり、ネット時代にペーパーアイテムがひときわオーラを放つにはそれ相当の創りである必要がある。それをすべてクリアしているのである。決して、高級な用紙を使っているわけではないし、まして、質感の高いらしき用紙を使っていることでは決してない。普通のコート紙である。にも関わらず印刷物としての価値を最大限上げている。そして、文章は完結にフォントや色やレイアウト配置など、気合いが入っているレイアウトではなく、違和感がないレイアウト。これはかなり百戦錬磨のエキスパートの仕事である。

 よく、一流企業の「私がこのブランドのアートデレクションを担当しました。私の世界観は・・・」程度のグラフィックデザインとは対極にあるモノホンのDTPである。機能美とも言うかグラフィックデザインをするにあたり引き算の中にカタログとしての存在感を最大限示しているデザインとでも言うのか。そして、圧巻はなんと言っても写真。商品写真が秀逸過ぎてたぶん素人さんレベルでは何がどういいのか不明だろう。というぐらい商品写真がキレている。複雑なレンズワークと照明でいわゆるカメラマンの物撮りアートの極みとか、ピント短めにボケ足があればOKみたいな安易な素人さんの写真ではなく、モノホンの写真。写真芸術の分野なら作家が好きなことをすればそれでいいが、カタログでありグラフィックデザインの商品写真はカメラマンの発表の場ではない。それを理解しているアートデレクションとカメラマンが組めばこの商品写真になますね的なクオリティーの高さである。

 で、早速、もう少し涼しくなったら神戸ポートアイランドのイケアさんのお店に行こうと思っております。たぶん、いろいろ買うだろうなぁ・・・。とうぜん、WEBサイトもチェックしたが、まぁ、これは、75点。でも、カタログは120点である。元来、好きなカテゴの商品カタログは擦り切れるまで毎日見る。とにかく見る。カタログに限らないが、地図帳とか英和辞典とか百科事典の「宇宙」とかはかなり擦り切れていた。

 と、ここまで、たった一冊のカタログでこんな気持ちにさせる「イケアストア」のカタログってなんともCOOLだ。

公式WEBサイトはこちらです。http://www.ikea.com/jp/ja

まちづくり!?

 そもそもこの「まちづくり」という言葉は東京・大阪時代には無縁だった。そこに意識が向いていなかったからであり、そこにフォーカスするほど暇でもなかったのか、そんなことよりも仕事のことを考えることが最も重要だと考えていたからだろう。歳と共にエッジが丸くなったのか、貪欲さのあまりに余計な蛇足に首を突っ込んでいるからか、いつからか自分の中で「まちづくり」という言葉が結構な頻度で思考に絡まる感覚を覚えるようになった。そのまま流せば街の活性化を抽象的に表現している語彙に過ぎないが、でも、この言葉が世の中全般的にかなり独り歩きしている感じがする。とりあえず「まちづくり」って言っておけば、大義名分が公儀の元、成立して繋がってますよ絆ってますよとハリボテの自負を示せる便利なキーワード。

 まぁ、同義で「ボランティア」という語彙も氾濫しているし、「エコ」については、そもそものエコロジカルから相当遠くなっている。ハライチさんにすかさずボケてツッコンでいただきたいぐらい。

 で、「まちづくり」って実は何だろうと考えてみる。いろいろ変数はあるだろうが結局「人」がその最少単位であることから、教育や人的なネットワークづくりがそれに値するように思います。しかし、これも枝葉の多い語彙であり、相互に連動していることから社会性という軸と本来個体が持っている倫理観やモラルや慣習などがこれらを綿密に時に乱雑に繋げている。「私はまちづくりを頑張っています。」と公言している人を洞察すると、その裏にいくつか不思議なキーワードが隠れている。その個体が持っているジョーカーを無視してゲームを進めているといつしかそのゲーム自体がジョーカーの取りあいみたいな力技になり神経戦から武装戦に展開し、結局、白と黒でどっち?みたいなことになる。これも、まわりまわって文化や慣習で括ると歴史や未来像が芋づる式に繋がっている。結局、つながってるじゃん!みたいなことに気付く時、個体と社会という関係で最終的にポテンシャル勝負になるが、それでも、結局、正解はなく、白と黒とも言い難いグレイなゾーンで時間だけが経過していることに愕然する・・・みたいな。これが意外とずっとずっとループされると、まさに、ねずみ小屋の車輪のように走っても走ってものルームランナー状態に陥る。走っているのに同じ位置、だけと、カロリーは消耗している。消耗していることがそれのリアリティーになり、実際は1mmも前に進んでいないのにカウンターだけは進んでいる状態。

 これがもし「まちづくり」の実態だとしたら、ちょっと怖い。

荒川第3巻・・・と。

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 この勢いでは、近いうちに最終巻に到達するだろう・・・。

jQueryでサクサクっと。

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 「jQuery」大枠理解はしているが、改めて、基本の基本が疎かになると応用に繋がらないことが多い。何回も何回も基本に立ち返ることが実は応用ののびしろの大きさを決めている。理解していることとそのツールやソースが手に馴染んでいることとは違う。ナイフは傷をつけること、拳銃は人を射殺できること、これらは誰でも知っていること。しかし、実際、ナイフで人を傷つけたり射殺するということは全く世界が違う。こんな極端な事例で例えなくてもいいのですが、実際、ネットの中で販売促進や広告の手法に深く入り込むということは、言わば、お客様と一緒に清水の舞台から、沈没しそうなタイタニックから冷たい海に飛び込むぐらいの覚悟が必要だと思っています。お客様もガチなわけですから、創り手もガチモードになる必要がある。でこそプロ、だと信じている。有効な武器を使いこなすためには、いいことばかりではない、それを逆手に人や会社に爪痕を残すようなこともできる。しかし、モラルの上でビジネスを展開している以上、安易に禁じ手は使えない。有効打を稼いで、ビジネスとしての決定打に繋げるための技術だから、その所存で取り組むべし・・・と捉えています。

 で、やはり、大切なことは「基本」ですね。絵画なら「デッサン」、デザインなら「色彩構成」、ビジネスなら「ありがとう」ですね。

日本の屋根。

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 家を建ててそろそろ15年、屋根とか外壁がそろそろな時期になってきた。自分の家に対して瓦屋根というイメージがなかったのですが、今更ながら、太い柱と瓦屋根と土壁の家に住みたいと思う気持ちもこういうドッシリ系の家を拝見すると出てきちゃいますね。本格的な日本の家の日本の屋根・・・という安心感が漂っています。素敵なお家です。

キレイな琵琶湖でした。


 少し風がありましたが、心地のいい風でした。とてもキレイな琵琶湖でした。

映画「ハンナ」。

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 9月16日「アジャストメント」、9月25日「X-MENファーストジェネレーション」、そして、10月「ヒアアフター」と楽しげな映画のレンタルが開始される。そして、次あたりで恐らく「SUPER8」がレンタルされる。つまり、DVDの販売開始となるだろう。どれも一回観た上でDVDの検討となる予定。「SUPER8」は絶対に手元に置いておきたい作品だったし、上記の3本はいかなものか?

 で、映画「ハンナ」という作品が何かのレビューで紹介されていた。物語の骨子はよくある復讐劇になるのだろうけれど、主演が「ラブリーボーン」の女の子。「暗殺者」という定義が日本ではリアリティーがないので、海外の慣習というか文化というかシステムを一番感じやすいメタファであることから、どもう、心が反応しているのだろう。非現実的なスリルに対して感情移入する変数に魅かれているのだろう。実際、どんな理由であれ人を殺すという倫理は常道を逸していると思いこんでいるが、ある状況下である条件が揃ったなら人は暗殺者になるのだろうか・・・?みたいなイマジネーションである。

 芸能界とB団と政治家の連携・連動は毎日ゴシップのネタとして尽きないが、ゴシップになった段階でリアルの質量が薄くなる。それほどメディアが失墜しかけているのだろうが、それでも、メディアは偏った視点でニッチなゴシップで日銭を稼いでいる。文化にも歴史にも教育にも経済にもさほど根幹に響かないゴシップ。本当に動いている人、創っている人、考えている人には無縁の茶番劇。何かが大きく変わろうとするとき、そのトリガーを引くのは悪意のない優しい女性の指なのかもしれない・・・みたいな物語を期待してしまいますね。

 まぁ、160億円を浪費したなんとかメガマックスみたいな映画に一喜一憂しているうちに、そっと、小さいな指がトリガーにかかっているぞみたいな・・・。

精神科医の裏技!?

 東洋経済新報社というところから出ている「精神科医 隠された真実 なぜ心の病を治せないのか」という内科医・精神科医である斉尾武郎とう著書がある。¥1,365である。その広告文には「名医の裏技処方、病をこじららす心理療法、いつまでも投薬し続ける医師。あなたの病が治らない理由がここにある!」と言っている。これをお医者さんが言っているわけですから、さてさて、目的は何だろう?ただただ、たまたま、そう言いたかっただけ?これは何に対して自分を映しているのか?医者としてもうこの著者は成功したのだからちょっとつまみ食いをしたいからか?それとも苦し紛れの編集者の無茶ぶりか?いずれにしても、この著者の狙いが不明。だけに、興味が湧く。

 お陰さまで、ヘルペスはもう小さくなり、腫れていた部位は乾燥しはじめてかさぶたになりつつある。確かに先生がおっしゃる通り2~3日で完治しそうである。もし、この上記の著者のような考え方の先生だったら、5日分の薬を渡すが完全に治癒しない緩い薬を渡してまた来院ってことはたやすい。でも、この程度のヘルペスでは早くサクッと完治させておけばいい的な対応で適正値で診断してくださったのだろうか。いずれにしても、この件で、疲れが蓄積して唇のあたりがモワモワし始めたらサインだということを学んだし。皮膚科など初めて行ったが治療が¥1,000、薬が10で¥2,000という情報と経験を得られた。ここには「裏技!?」は存在しないと思いたい。

 しかし、なんでも両刃ですから、儲けたい医者はこの裏技を使っているのだろうな・・・。人間だもの仕方ないか・・・。

 日本禁煙協会がタバコの定価の適正値が¥1,000だと言っている。ねぇねぇ、あなた達の母体から配布されているバイブルが一冊¥100,000だったら買いますか?信じているから救われたいですよね。うん、タバコも同じです。結局、あなた達も裏技の糸が2~3本見えますよね。上でほくそ笑むド・フラミンゴ・・・みたいな。

ANIME CREATOR 7 PRO

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 なかなか素敵なソフトが出てくるものです。この価格でこの機能なら素敵でしょう。確かに、素材をイラレやフォトショップで作成する。FLASHで素材を作成する。これも確かにいいのですが、実際、動かす段階で段取りを踏まないと効率が悪い。動かせるには動かせるだけの行程があるので、それをこのソフトが補完してくれそうな気がとてもします。まぁ、言ってもイラストを動かすわけですから、描画力やアイディアや楽しい物語を持っていなければ無用である。そこはまぁ、いいとして、この時代のこのタイミングで市場に投入しようということなのだから、それ相当のツールであることは想定される。

 なんでもソフトは一発目に飛びつくと痛い目にあうというセオリー定石があるが、このソフトは発売日(9月29日)に飛びつく予定をしています。

 世の中、どうもなにかつけそこかしこに映像時代です。ツールとしてのテレビが地に落ちた。コンテンツ力さえあれば、配信する術はいかようにでも。ならば、もう、高価で独占された狭い世界としてのメディアは失墜しているので、創って配信、リアクションのままにクリエイターは創ればいいということ。テレビが不思議なシステムで映像文化を独占した時代が終わり、映像でさえ、気軽にインタラクティブできる時代が来ている。だから、アイディアやモチベーションを持っているなら、ただ、創ってアウトプットすればいい。小さな化学反応が核融合レベルに超電導レベルに覚醒するのびしろ・振幅を期待して。深く考え過ぎても時間の浪費である。「やるなら今しかない・・・」のである。

 ハリボテの付け刃なテレビプログラムに飽きた人・見切った人が、ネット内のクラウド内の映像コンテンツを物色する理由は明確。ただ「面白い」からである。もう、どこのプロダクションが創ったか、どのテレビ会社が創ったか、どんな有名どころが創ったかは関係なし。誰かが映像を作り、誰かがそれを観る。シンプルな時代になったということ。進化なのか回帰なのか?真価なのか怪奇なのか?みたいな。

ヘルペスとは?

 今日、ヘルペスを診断してもらいに皮膚科に行ってきました。先生は私のくちびるを見るやいなや瞬殺で、「これはヘルペスですね。どうしてもこの季節は疲れがたまってヘルペスにが出てくるんですね。唇の周りにはヘスペスウイルスというのをそもそも人間は持っていて、体力的な疲労や精神的なストレスで吹き出物になって現れて化膿するんですね。飲み薬を出しておきますから、朝と夜の2回、必ず食後に薬を飲んでください。今日は朝の分として帰ったらすぐにひとつぶ飲んでください。ちょっと強い薬ですから、胃が荒れるかもしれませんので、水を少し多めにお願いします。はい、ではね、ヘルペス、今言いましたように身体の疲れが原因ですから、薬で化膿が進行しないように止めまして、あとは、充分な睡眠と充分に栄養をとっていただき静養してくださいね。自分では感じていないかもしれませんが、あなたの身体は疲れている、はい、身体がそうサインを出していますと考えていただいて、お仕事大変だとは思いますが、充分に休んでください。よろしくお願いします。ヘルペスが初めてとのことですから、薬はすぐに効いてくると思います。でも、ヘルペスは完全に治癒するまでに長い方で1週間ぐらいかかる場合もありますが、初めての方で軽度の場合は3日間程度で治る場合もあります。でもね、うん、残った薬は捨てないで冷蔵庫などに冷やして保管しておいてください。一回、ヘルペスが出てしまうと、ちょっと疲労が貯まっただけでヘルペスが出る場合もあります。その時は、うん?ちょっと、くちびるのあたりがおかしな?と感じたらすぐに薬を飲んでください。すぐに治ると思いますよ。」うん、完璧である。

 これで、素直にお薬を飲んで休みましょう・・・となる。お医者さんて凄い凄い。

ヘルペス!?

 地元の大型の薬屋さんに行くとこの今くちびるの上に出来ているモノは「ヘルペス」っていう症状らしい。季節の変わり目に身体的な疲れや仕事でのストレスがたまってくるとこうして唇が荒れて吹き出物が発生するらしい。よく、口の中に発生するブツブツも「疲労」だとか「ストレス」だとかが原因だったような記憶がある。この歳になるまで自分が「ヘルペス」になるとは思ってもみないし、若い頃にも同じようなことがあり忘れているだけかもれないが、この夏も暑かったことや仕事の事で頭では処理できていても心で処理できていないことがいわゆる「ストレス」として蓄積してくちびるに症状として現れているとかいないとか。その大型の薬屋さんの担当医のおばさんにそう診断されて帰ってきた。

 睡眠と充分な栄養をとってください。通常1週間ほどで治りますし、これ以上ひどくなる場合は、かかりつけの病院で診断してもらってから、塗り薬を処方してもらってくださいとのこと。うん!?塗り薬!?疲労が蓄積して精神的なストレスが貯まって身体に発症したヘルペスは塗り薬で治るのか?意外とヘルペスってシンプル。ただ、疲労にしてもストレスにしても根が浅いことを願っている。

 47歳ともなると、いろいろいたるところにガタが来るってことかな。「もう、お前さんも充分におっさん全開なんだから、無理せずにそこそこでぼちぼちでやれよ!」ってことかな。そういうサインが身体から出たってことは事実・現実なので、これを素直に受け止めて「休むことも仕事」としますか。それも一理ぐらいはあるかもしれないし・・・。

ドアーズさん今日はお休み!?

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 今日は土曜日、そうかそうか、設けている成功しているデザイン会社は土曜日が完全に休みなんだ。素晴らしいことですね。しかし、デザインやアートのビジネスにおいて休日は正確にはないはず。システム化し生産性を高めようとする結果、一般の会社と同じような形態であることが、そこに働く人の気持ちをいい状態で維持させるのでしょうけれど、デザインやアートに携わる人間のいい状態っていうのは(勿論、十人十色なのですが・・・。)どこまでもマイペースであることだと考えている。浮かれず落ち込まず語らずとも語る術こそが「デザイン」であり「アート」の本質。でも、語るべき必要のないことを語り、文章化できないことを無理苦理文章化しようとすると、必ず、その澱が浮く。遠心分離される血液のように人の心が分解できればいいが、非言語たる芸術を浅い知見で紐解くのはナンセンス。まして、何も創っていない創れない人に限り蘊蓄が多い。そんな取り繕わなくとももっと正直になれば楽なのに。

 ドアーズの皆さまが今、そういうサラリーマン集団ではないことを期待する。

よく行ったカフェ。

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 で、ここも、両手にいっぱい画集や書籍を抱えて休憩していた神保町のカフェです。なんともインナーな感じが落ち着いて、書籍を探り、画材を探り、ここで休憩して会社に戻るみたいなパターンでしたね。何が美味しいということではなく、この場所にいる時間の空気感がとても落ち着けた場所です。そういえば、今、長浜にはそういう場所がないなぁー。何もかも遮断して自分だけのシェルターというか工房というか実験室というか隔離病棟というか。そこで何を創りだすというわけでもないような場所が実は何かを創るという行為やモチベーションを培養する。静かな場所で頭の中を整理することと、カンフル剤のように沈滞している気持ちや淀んでいる心を凛とさせてくれる時間が漂う場所ってのはそう共存しない。適当に小奇麗にリフォームしてらしい調度品を適当に並べてもそういう場所には決してなりえない。ある人には有効かもしれないが、相対的には無理。パワスポブームはパワスポブームで勝手に盛り上がればそれで経済的な意味で生産的なことだが、これがこうでこうだからパワースポットだなんて滑稽で陳腐で安易。言わば地球こそが人類の大きなパワースポットでいいじゃん!

 で、私の数少ないパワースポットがこのカフェなのです。

神保町、源喜堂さん。

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 東京にいた頃は資料探しやぶらりと神保町に来た時には必ず立ち寄っていたお店。東京を離れて仕事で東京に来た時も時間があれば必ず立ち寄っている場所ですね。勿論、その秀逸な書籍のストックをチェックすることが主たる目的ではあるのですが、この場所で気になる一冊を手に取りいろいろ眺めているだけでその頃の気持ちというかモチベーションが蘇る。その時が高く、今が低いということではなく、人間の中身があの頃とどれだけ変異したのか退化したのか覚醒したのかバリが効くようになったのか、硬くなったのか丸くなったのか、そんなことを確かめる場所とでもいいましょうか。ポケットに100万円ほどあれば、欲しい書籍を段ボールに詰めて長浜に送ってもらうのですが、わざわざ、東京のこの場所に来て一冊も買わないっつーのもこの場所の活用術ですね。結局、そういう場所をどれだけ持っているかで、そういういい人とどれだけつきあっているかで、人間のIDってモデリングできるような気がします。まぁ、そんなことを何の脈略もなく考えることができる場所っていう意味でも大切な場所です。

「仁」の舞台。

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 お茶の水の風景。テレビドラマ「仁」でよく見かけた場面。江戸の歴史の上に東京があるとしたら、現代の日本人は江戸から明治にかけて時代を駆け抜けた人をどれほどリスペクトできているのだろうか。高度経済成長が見事にはじけたことで30代・40代・50代のドロップアウトしそうな人達は何をどう捉えて人生を過ごしている。仕事を失ったのか、自らの求める場所に納まったのか、そして、それが偶然か必然か、これらの人は自分を振り返るこが多いだろう。社会のシステムを地域のシステムを家族のシステムさえささえられない人がこの東京にこの日本にどれぐらいいるかは、まぁ、それもどうでもいいことですし、別に政治家でも企業人としてCSRのかぶり物をするような立場でもないのだから、そういう人が日本の未来にどの程度何の影響協力があるかについての思考は保留。そんなことよりも自分のこと、自分の家族のこと、これで精一杯。ひとりの医者が江戸にタイムスリップして現代を変えたとか変えなかったは別にどうでもいいので、江戸という時代が維新に向けてどうあるべきだったかを問う南方仁というキャラクターはなかなか人間臭くって、大沢たかおさんの演技に心を奪われていたあの「仁」のこと。少し想い出してしまった場所でしたね。

で、東京芸大。

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 で、ここが正門ですね。自分自身、到底偏差値がなかったので行けなかったが、もし、高校時代に勉強をそれなりにやっていれば、ここに行っていた可能性は高い。まぁ、これもたらればですが、いつも心のどこかに東京芸大の存在はあるわけで、こうして、この歳になりここに立つとそれはそれでもまたひとしおですね。芸術の路を歩むことの優劣など人それぞれで十人十色でいいと考える自分と、最高峰で過ごした4年間があればまた違った人生になっていただろうと考える自分もありで、もし、偏差値がクリアして技術と気持ちがここの門をくぐれるのなら、ここで過ごす時間は人生に大きな影響を与えるのだろうと思いました。この場所に立ち思うことはいろいろ多いですが、もう、47歳、意味のない振り返りはできない。ぼぉーっとしている間も時間は動いている。自分のポテンシャルを確かめ、社会との関わりの中で自分が何者なのかをここで確かめるという意味において、この場所はまたいつかもう一度立ちたい場所ですね。

上野公園内に哲学者がひとり。

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 恐らく東京芸術大学の昨年の卒業生が創った優秀作品だろう。見事なアイアンワーク。ちょっと物憂げな表情がなんともガチのアイアンワークとコントラストを奏でてる。制作者のテイストがしっかり土の上に刻印されている素晴らしい作品ですね。やっぱ、人間、考えている人を観ていると考えてしまいます。人は人の鏡なんですね。優秀な人が多いってことでしょうね。まぁ、いつの時代も東京芸大は日本で一番、いろいろほんといろいろな意味で凄いってことになるのかな・・・。

早朝のアメ横。

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 早朝のアメ横。う~ん、なんとも雰囲気があり過ぎ。まだ、開店しているお店はちらほらだけに、アメ横の静の部分の空気がいたるところに漂っていました。なんともなんとも東京の人間臭い空気とでも言いましょうか。タイムスリップしたような、とことんガチのリアルとでも言うか、東京の顔としてとても人間臭い場所とでも言いますか・・・。

梅の酔(よい)@佐藤酒造

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 梅酒(黒)から微発泡梅酒(赤)と2種のネーミングとラベルデザインとパッケージデザインに携わらせていただいた商品です。モノは梅酒です。お酒についてはまったく趣味趣向が素人なので、決して蘊蓄などとてもとても語ることなどできませんが、この黒と赤、いつも美味しく頂いております。特にこの夏から解禁の「微発泡梅酒」は梅酒の味わいもしっかり残しつつスパークリングなテイストで夏場にはロックで頂きました。しっかりと梅酒の濃度をキープしながらの微発泡なので、新しい感覚です。
 缶サイズの市販のサワー系はどうしてもソーダや水で薄めてあるので炭酸飲料みたいなのどごし。でも、この赤は梅酒に炭酸が注入されているので、この組み合わせが絶妙です。しっかり梅酒を味わいながら、スパークリングなテイストなのです。まだ、オンラインでの販売は展開企画中ですので、オンラインで購入できる仕組みが完成したら、また、このブログで紹介・案内させていただきます。

AUTB Vol.02

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 ということで、「荒川アンダーザブリッジ」の第2巻。なんともつかみどころがない世界観がアタリですね。イマドキのお話とでもいいましょうか、シュールな電波系とでも言うのでしょうか。不思議系は不思議系としても世界観とキャラの絡みはさすがとびぬける要素を感じますね。このままこのようなテンションでどこまで物語を引っ張っていくのかが、とても楽しみ。いまどき「金星人」って・・・。いやいや、もしかして、金星人がこの物語の柱かもしれないし、このままこのテイで話をひっぱれたらそれはそれでいいじゃん!みたいな。とにかく新鮮ですね。

「荒川アンダー・・・」の実写版!?

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 ほぉー、「荒川アンダーザブリッジ」の実写版があるのか。で、ニノ役がこの人。まだ、1巻しか読んでいないので、楽しみにしています。小さい情報源にダイブしたので、ちょっと危険かなと思いきやこののびしろは結果的にアタリの予感ですね。このままゆったりと最終章まで集めてみたいと思います。

紗綾(SAYA)という小説。

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 リシャール・コラス(Richard Collasse)という、シャネル株式会社日本法人代表取締役社長が書いた小説らしい。1953年フランス生まれで、社長業の傍らで小説の執筆を行い、フランスで発表された『SAYA』は「みんなのための文化図書館賞」という権威ある賞を受賞。本作は『SAYA』を本人が日本語で執筆しなおした作品だそうですが、この背景を聞いただけでは、ちょっと・・・ボケているし、到底、面白いはずがないと考えるべきである。モチーフもどこかたらいまわし的なワンパターン。しかし、どこか、何故か気になる。一周か二周回って逆に読んでみたいみたいな。学生の頃、川端康成や夏目漱石の一冊目を読んだ時のような感覚になれぬものかと少し期待している。無理かなぁー。

映画「アジャストメント」。

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 たぶん、9月のDVDレンタルのイチオシはこれだろうな。楽しみ楽しみ。グリーンゾーンはちょっと戦場に馴染み過ぎでした。ファンとしては、もうちょっとM.デイモンが画面に出てほしいなぁーという感じでした。X-MENもレンタル開始ですし、楽しみ。その次あたりに「SUPER8」が出てくるから、これは絶対にDVDを買いなので、このあたりがこの秋のオススメです。

Adobe Edge Previewか・・・。

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 そうかそうか、こういうことか。これがアドビの最新のソリューションなんだ。結局、端末がどう変化・進化しようが、私達はプロフェッショナルなクリエイターを裏切りませんよ・・・ということ。FLASHユーザーもイラレユーザーもちゃんと便利なツールにブラッシュアップしてお待ちしていますよ、ということなんでしょうね。対応が早い早い。たぶんおそらくCS6あたりでここら辺がガッツリ充実させてくる流れなんでしょうね。現在、私はCS4なので、5.5?と思いましたが、やはり、まだ触手を伸ばすのは早い。じっくりこれらの展開と仕組みを理解してからアップグレードを考えたいと思います。

 しかし、最新のソフトウエアが市場のニーズにマッチしていることは間違いなしとして、ほんとに、デザインやWEB開発の現場の皆さまはガッツリこれらに追随しておられるのでしょうか?実際仕事に使う道具だから最新で最速で多機能が合言葉でしょうが、コストや習得する時間も想定しなければ仕事に使える一定標準レベルにならないのが常。便利で多機能は分かったが今使っているプラットフォームじゃ貧弱ですよ・・・ともいう声が必然的に聞こえてくる。となると、やはり、全部が全部数珠つなぎのいもづる式なわけですから、どこかで「ここまで!」とジャッジする必要がある。無尽蔵にソフトの最新版を集めているコレクターな別ですが、道具として最適なラインを見極めるのも本丸。

 で、Adobe Edge Previewか・・・、という感じですね。ゴリゴリjava.s.で創る人にしてみれば、このツールは感覚的で便利となるのか、やはり、ファーストアプローチだから未完成が否めないのか?ちょっと、この動きについては動向をチェックしたいところですね。

世界陸上終わっちゃった。

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 初日から結構観て楽しんでしまいました世界陸上。話題の選手も勿論素敵なんですが、自分自身、陸上競技が大好き。シンプルでいい。早いか遅いかで、みんなメダルの為とか国の為とか応援してくれる関係者の為とか言うが、最後の最後で「もっと楽しく」という至高性が原動力のように思います。世界トップレベルの運動能力や精神力を最高値にまで覚醒し研ぎ澄ました刃と刃みたいな身体のバトルは、ただ、その映像を観ているだけで美しい。そして、何よりも刺激的である。それに、チームプレイがあまり好きではない私は野球とかサッカーとかよりも陸上の一本勝負が大好き。まぁ、野球は野球で置いておいて。

 で、ボルト。100のフライング、200の金、そして、400リレーのジャマイカチームのひとり旅。強烈でしたね。ただただ、早いってカッコイイ。

 そして、日本人選手も要所要所であと一歩、あと0コンマ数秒で決勝ってことで、世界の壁はぶ厚いのですが、それでも、あと一歩のところまでとどくかとどかないかみたいな距離のように思いましたが、これは、日本人のファン心理かもしれません。現実は、もっともっと高く遠いのかもしれません。

 で、で、そんな世界の壁の中で、Mr.室伏のあの存在感ってなんだ!すごいやん!

スマート・プライシング。

 朝日新聞出版から出ている「スマート・プライシング」という書籍の広告文です。ジャグモハン・ラジューとZ.ジョン・チャンの共著です。

 グローバル化が進み、多くの消費財の価格下落が顕著になる中で、同じような商品にもかかわらず価格競争とは一線を画し、書い手から圧倒的な支持を得る消費財が存在する。ネットを活用して本来ならば有料で提供すべき商品やサービスが無料で手に入ることもある。価格設定はコストに利潤を乗せて決めたり、「神の見えざる手」によって導かれたりする、と経営学や経済学では教えられてきたが、本書を読めば価格についての新しい世界観が存在し、消費の今を捉えてることがわかる。例えば、レストランで食べた料理の代金を、食べた本人が決めて支払う。払わなくても店側は文句を言わない。音楽家が新作をネットで配信した場合も、ダウンロード代は聞き手が勝手に値付けする。食い逃げ、ただ聞きが横行しそうなものだが、「価値を見つけ、払ってもよい」と考える消費者によって事業が存続している。見物する側が大道芸人へお代を決めるように、買い手主導の値決めの手法は今に始まったものではない。知的財産に支えられ、物的コストを伴わない商品やサービスが急拡大している現代社会では改めて現実的な価格設定方法になりつつあると指摘している。売り手は値引きを避けようとするものだが、あえて段階的に値引きの時期を来店客に明示する売り方も紹介。値下げをしたら売り切りてしまって手に入れることができない不安心理を巧み突くという戦略である。豊富な事例を読み進めるうちに、売り手としての新しい戦術が浮かんできそうな気にさせてくれる。逆に買い手の側から読むと、自分の消費行動がどれにマッチしているかも教えてくれる。売れないと嘆く前にやるべきことがありそうだ。と広告文は締めくくっている。ほぉーそうかそうか、この書籍はチェックである。

荒川アンダーザブリッジ。

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 うん、うん、なかなか「電波!?」でいい感じですね。

大量生産・大量消費というシステム。

 もう、大量に生産して大量に消費するためのメディアの仕組みは崩壊している。いわずもがなネットによる個人消費の構造が複雑になり、マスメディアの構造が綻んだからである。大量に生産して大量に消費してなんぼだったことが、どこまで掘り下げるかどこまで捻じ込むかどこまで分解してコンテンツ化してどのコマとどのコマを最適に組み合わせてどこにはめ込むかという消費のシステムがテッパン。

 だから、難しいと取られると難しい、安易だと捉えると安直となり、表面を流すのか真髄を追求するのかの判断が創り手にも受け手にも求められている。論理的に感覚的にどちらが正解かなど白と黒のお話ではなく、白色と黒色を持っているならどの程度混合させて、どの程度の絵に仕上げるかが雌雄の分岐点。経験値でもITリテラシーでも理論でも知識でもない、しかも機能でも技能でもない、そのまだ先にあるIDとIDの時間無制限の勝負なのである。

 これが、楽しい。

 まぁ、この程度のブログ記事で到底語り切れるモチーフ・議題・論点ではないが・・・。

可愛い訪問者。

 金曜日、台風の夜1日目、可愛い訪問者が我が家の玄関にやってきた。外でタバコを吸っていると、お隣の塀の隙間から暴風と豪雨の中、ずぶぬれの黒い子猫がよたよたとやってきた。かなり痩せている。チョップの餌を10粒ほど撒いたが、それに驚いて逃げていく。1時間ほどして玄関に出ると、その餌は無くなっていた。

 翌日、土曜日の朝、仕事に行く時に、小さい陶器の器にひとにぎりの餌を入れて、風に飛ばないように玄関の内側に置いておく。昼めしで戻ってくるとその餌はなくなっていた。そして、台風二日目の夜。再び外でタバコを吸っていると、また、可愛い訪問者がやってきて小さく「ニャァー」と鳴く。ゆっくりとおどろかさないように餌をひとにぎり同じ器に入れてやると、そいつは足元の器まで近づいてきて餌を食べた。かなり空腹だったのだろう。

 で、今朝、新聞を取りに玄関を出ると、そいつは空になった器の前で待っていた。まだ、警戒してか触ることはできないが、間違いなく、いい餌場がひとつ確保だろう・・・。

おじいちゃんのVAIO.。

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 世の中ドッグイヤーらしいが、体感的にはPCの世界は10年でひと人生(人間の1/10)みたいなスピード感じゃないかな。10年前のPCをまだ使っているとよほどの「PCオタク」だと捉えられがちですが、いやいや、この98はなかなかのものでしぶといおじいちゃんである。今このスペックで¥30万越えはちょっと厳しいがこの時代のこのスペックは今も充分に健在健在。寝たきりになれば、すっぱりと粗大ゴミ行きだと捉えているが、このおじいちゃんは強いですね。今でもしっかりやれることをやってくださる。しかも、ときどき流れてくる古いデータをしっかり処理してくれるスグレモノ。

 テレビで下町の職人さんがゴムの加工やガラスの加工や溶接の工事など70歳80歳のエキスパートが登場していた。中でも88歳の溶接のプロのおじいちゃんは街のいろいろな人が金属製品の故障や新しいツールの溶接を頼みにおじいちゃんのお店にやってくる。配管の接着や工事用のはしごの溶接や配電盤の修理などなど。溶接費用はどんぶり、テクはピカイチ。で、現金商売って、凄いおじいちゃん。これぞ職人!だと思う。大企業ができないこととは、大きな資本で大きなビジネスばかりが人生ではない。我が道さえ歩いていれば、我が道はできる。大企業では結果・成果を最速で求められる仕組みになりすぎて、人材も使い捨て。長い10年20年30年のサイクルで技を磨く人材がいないらしいですね。そこを見切って目の前のニンジンを追い掛け過ぎた結果、自肩が弱くなっているのでしょう。

 で、この溶接のプロのおじいちゃん、現金商売で毎日の売り上げは2~5万円らしい。元気に今日も工場に来られる人のニーズに的確に答えておられるのでしょうね。

 そんなおじいちゃんになりたいものです。

「Sunny」という作品。

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 大洋さんの新作である。まぁ、いいわ。

ネットショップの最新ノウハウ。

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 只今、お客様からお借りしているネットショップの開店・運営に関する書籍と資料のDVD2枚です。で、その裏がA.E.をアニメーション作成に活用しましょう的なノウハウ&TIPS本です。

 まず、MAKESHOPについてはおそらく5~6年前に一度チェックしてリサーチしている。その段階からどの程度ブラッシュアップして最近のネットショップに対してどの程度覚醒しているかがとても楽しみだった。一度リサーチしたことでも、5年経てば別のサービスになっている。それほど、ネットショップの現実は活性率が高いはず。機能面でもカスタマイズの面でも相当細かい機能が追加されていました。ただ、基本的な構造はASPなので少しづつのVer-UPの過程でより便利なツールに進化していました。それに伴い大きな変化は「運営面」のノウハウが大きく覚醒している点である。オンランショップという展開が市民権を得てからこの書籍に書いていある通り、「参入コストが低いことがメリット=参入者が多いことがデメリット」とある。つまり、結果、独自性を追求し商品力を高め運営戦略を活性化しなければ、失速・消失しますよ・・・がキモなのである。それが、さらに加速しているイメージですね。

 つまり、機能や構造やシステムによる差別化は無理!ってぐらいに開き直り、「やるなら今しかねぇ~!」とダイブしとにかく頭で考えず身体で覚えましょう、五感で感じましょう、でないと、この畑の農作物はすぐに枯れるというお話。スプリンクラーで水をやっていては花は咲かないみたいな。基本的なテッパンアプローチではありますが、素敵な言葉がいくつもこの書籍とDVDにはちりばめられていましたね。

 「お店はあなた自身」ネットショップにはあなた自身の人となりが表れます。コンテンツ、ページデザイン、画像のチョイス、商品説明のテクスト、サービスのディテール、梱包のスタイル、メールの文体などなど、すべてはあなたの人柄が出てきます。その自覚を忘れてネットショップは成立しないのです。

 「実店舗との差別化」ネットショップでも実店舗と同様に、あらゆるものが扱われています。食品や家電や不動産や車や携帯電話の着信音などなど。その中でも売れている商品には共通点があります。「実店舗では買いづらいモノ」「実店舗では売っていないモノ」「実店舗よりも効率的に探せて買えるモノ」「実店舗より安いモノ」などがその特徴である。が、あまり、もう、この「実店舗」を意識する時代も変化していくだろう。逆にネットショップであらゆるものが買えるようになると、実店舗でなければ買えないモノが注目されるのでは・・・みたいな。

 と、実際に着想・構想してネットショップを作成・起動する前にある程度このことを理解しておくことが、スムーズな導入になりますよということ。で、やるなら今~のように、早く公開することも大切だとよく言われています。そして、「ネットショップだめだぁ~!」となった場合はもっと簡単。次の構想をすればいいだけ。できれば、着想と構想を3年周期で繰り返すと世の中のベクトルとシンクロしやすいですよという意見も聞いたことはある。

 今も昔も、桃と栗はやはり3年で実を付けるのである。で、桃と栗を育てながら8年の柿を目指しましょう!みたいことなのでしょう。農業とネットビジネスはどこか酷似している。

 「A.E. for アニメーション」はその「実店舗ではなかなか売っていないモノ」なのです。

「jQuery」ね・・・。

 jQuery(ジェイクエリー)は、JavaScriptとHTMLの相互作用を強化する軽量なJavaScriptライブラリ。ジョン・レシグが2006年1月に開催された BarCamp NYC でリリースした。MIT License と GNU General Public License のデュアルライセンスであり、フリーかつオープンソースである。と、Wikiには説明文がある。まぁこの世界いろいろ古今東西老若男女紆余曲折七転八倒右往左往ありますが、次から次へと出てくる出てくる。どこを切っても違う新しい金太郎の顔が出てくる金太郎あめ状態。WEBの畑を耕し始めた時はくわを入れて水をやるっていう基本的な作業がとても新鮮でとても刺激的だった。しかし、10年以上毎日毎日なんらかの取り組みをしているとこの畑の進化に時々戸惑いますね。また、それがそれで変化ってってことで楽しいのですが、この変化にアレルギーのある人やコンプレックスのある人は追い掛けられないかもしれない。確実にビジネスとしてこの畑にダイブした人ならば腹もしっかりと括れているだろうが、中途半端な浮気心でつまむ感じだった人達は静かに失速し脱落していくらしい。とは言え、自分自身が学生の頃など「インターネット」自体が存在していなかった世代であり、2~4年の専門学校・大学を経て基礎知識がないままのスーパー独学モードオンリーだから、たぶん、基礎はあまいはず。すべて実践の中で培うしかない。とは言え、実践の中だけで培えば仕事になる時代でも分野でもないことも現実であり、できることだけやっていればビジネスになるとは少なくとも言えないことも経験している。だから、世の中のいろいろな流れが速いのは仕方なしとあきらめ、自分のスタンスとして追いかけるのかもう追いかけないのかを明確にしておかなければいけないとだけ腹を括って取り組んでいます。まだまだ、絶対に何がどう間違えても先頭集団の中で走ることはできないが、横腹を押さえながら、筋肉を痙攣させながらでも、追い掛けていきたいと考えている。別に意地になっているのではなく、このルートを走っているのが楽しいからである。

 さて、「jQuery(ジェイクエリー)」、いいですね。いくつかサンプルは創っていますが、プログラムはうそをつかない正直もの。正解と不正解の間ななし。このテイが何よりも楽しく有意義な相手ですね。

Father and daughter


 そうかそうか、こういう手法やジャンルがあるのか・・・。ダムったりゲリったりしてる場合じゃないぞ。

IN THE BOX


 で、これもスゲェ。

Balance


 なんだなんだなんだこれは!こんな作品が世の中にはいっぱいあるんだろうなぁ~。発見できたこと出会えたことにまず感激である。そして、今も、誰かがどこかでこのような作品を考え作成しているんだろう。想像と創作こそが情報を操るタテ糸なのだろう。いやいや、スゲェスゲェ。

「反射力」という書籍。

 ここをゴールに設定しましょう!とか、この方程式で考えましょう!系の書籍はあまり読まない。それはそれであなたのゴールだから方程式だからと考えてしまう。これは狭い了見の考え方であり自分で自分の可能性を見切っている悪い考え方なのかもしれないですが、ここに反応がなかなかできない。ただただ文字を追うことは何度もトライしているのですが、結果、現状、残るものが少ないというか。

 ならばどのようなタッチがグイグイ来るのか?となると、このようなアプローチの書籍ですね。「反射力」って瞬発力というか考え方のスピードのお話なんだろうと想定できます。じっくり考えてじっくり知識として蓄えましょうという、いわば、学校教育のみんな一緒に整然とという訓練を受けてきた私達はこのアプローチこそが正論で正攻法だと頭に叩き込まれ身体にしみ込んでいる。みんな全員で100点満点を目指しましょう的な教育では200点をたたき出す人材が創出されないみたいな。出る杭は打たれるから優秀などんぐりでいよう・・・みたいな思考パターン。これは、組織や団体の総合力が高まる仕組みに置いてその組織員である人材の育成には非常に有効に機能するはず、しかし、教育の本質はそこではないぞという国は意外と多いことに大学を卒業してから結構出会う。あれあれ?今まで教育の現場で学んだとしていることはいったい何だったんだという意識が芽生えると全てが多面的に見えてしまい、もしや、反意的な思考でモノゴトを捉えることが正解に近いのか?思い込んでいることが実は自分が目指している世界観と少し違うのかな???と疑問が疑問を生む。これがモヤモヤしている状態で結果どれだけ興味のある分野にダイブしても得るものが少ないパターン。

 話がまた逸れたが、では、「反射力」とする力は何か?この広告文には「ゆっくり考えても、正解にはたどり着かない。」「早く失敗してうまくいく人の習慣」「アクションスターではなく、リアクションスターになる。まず、くだらない企画を3つ出す。すぐ動けば、余計なことは考えずにすむ。」という論法が一部紐解かれている。この言葉にはとても興味・魅力を感じ心が動く自分がいる。つまり、この著者はできる人の定義を「能力や機能」ではなく「応用力や技能」だと言っているように感じる。これも、主観の捉え方。非常に偏っていることは否めないが、上記の流れの通り、何が正攻法で方程式かは自分以外のベクトルは分からない。知りたいという気持ちも勿論あるのですが、多面的に総合的になかなか頭では分かっているつもりでも心が動かない現実。これを安易に「自分らしい」とすることは危険ですが、できないことはできない。興味があれば一回トライして失敗して会得すればそれが技能だろう・・・みたいな気持ちをこの書籍はとても刺激してくれるような印象ですね。

 人は二つの側面があるらしい、優れたパフォーマーなのか優れたメンテナンスなのかというモノサシ。できれば共存していてほしいが、それは考え方や能力で分岐するのだろう。人を引き付けるパフォーマンスで存在価値を社会に示すのか、優れたメンテナンス能力で組織を取りまとめるのかで、のびしろが大きく異なる・・・みたいな。

 「早く失敗してノウハウを蓄積する人」になりたいと思う側面で、それしかできない人の苦悩も共存しているのかなという危惧。慎重な人間になりたいとは常に願っているが、どうやら脳の筋肉の色は「白」のようです。

カエラママ凄いな・・・。

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 CMの宇宙から来た猫も可愛い。ただ可愛いということではなく、どこか「可愛い」の芯を喰っている。で、新しいアルバムとなる。しかし、カエラさんの場合、結婚とか出産とかが全て魅力を覚醒させているのは何故だろう?結婚してママタレントになる人もいるし、離婚して離婚タレントで食っている人もいるのに、木村カエラは木村カエラ。この存在感は何どう仕込めばこのテイになるのだろう。自分の世界観があるなしでタレントやアーティストの評価をする場合がありますが、この場合の「世界観」というのは何だろう?独自性であったり個性であったりがそれをカタチ創る材料なんだろうけど、その組み合わせが優れている人をより世界観のある人となるのだろうか。組み合わせ?材料と材料を組み合わせている、引き付けている、接着している力は何だ?経験・知識・技術・思い込み・先入観・慣習・・・。まぁ、これらがその組み合わせる力のある場面での名称なんだろうな・・・。
 つまり、いろいろな奇跡の材料と奇跡の組み合わせ力が芯を喰っているから、言わば、「木村カエラ」なのである。ルックスや発言やパフォーマンスがアウトプットならば、どこかで優れた「らしき」インプットがあるからだろう。このインプットは誰にもマネができないから、その蓄積が個性になる仕組みなのだろうか。インプットとアウトプットを繰り返して個性や世界観ができるということ。しかし、その一時の瞬間風速に依存せず、スタイルのマイナーチェンジを繰り返す力も利を叶えているということか。

 進行形の人が強い理由はそこなのかもしれないな。子どもも育ててアルバムも創るか・・・、強い女性である。

サプライズ!

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 これがいわゆる関係者特典というヤツ。ゴンチチさんのNEW CONTENTSが手元に流れてきました。嬉しい、これは嬉し過ぎるぞ!最近、そうそうこういう心拍の上昇曲線はないぞ!それほどゴンチチさんの作品には重さと厚さとエネルギーがある。何でしょうこの違い。だから、音楽って素晴らしい!だから、芸術って素晴らしい。絶対に何がどう転んでもデジタル信号でこのディテールは再現不可。決してアナログこそが真理とは言わないがデジタルはまだまだ心に響かない。響くレベルではないのですね。子どもが創った粘土細工とその道のクリエーターが作成したゴリゴリの3DCG、さて、どちらが、心に響くかということ。

 ゴンチチさんのニューアルバムが粘土細工だとは言っていませんが、明らかに手の温かさとか技能こそが到達できる世界観がこの一枚に入っている。に比べ、飛び出す3D映像はまやかしです。早速、本日からヘビーローテーションの一枚です。

台風が来てる・・・。

 またまた、大型の台風が来てる。9月になっていきなりですか!土曜日は東京なのに・・・、台風と一緒に移動しているみたいな感じになりそう。静岡あたりで台風の目にビンゴ!みたいなことだけは避けたいですね。台風の後、涼しい東京みたいなイメージであってほしいなぁ~。