ガッチャンポンプ。

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 昔、家にも井戸があり、このようなガッチャンポンプから冷たい水が出ていた。夏でも井戸の水にスイカをつけておくとちょうどいい冷たさで冷えている抜群のスイカを想い出す。あの頃はエコだとか温暖化だとかまったく世の中にはなかった。日本の生活水準も一周回ってゆき過ぎていた部分がそぎ落とされて本来の生活の基準値が見えてきたような。全てを失う前に気づくことが大切、しかし、人間は全てを失わないとそれに気が付かない・・・みたいな警告を新聞やテレビで見るが、そうかな?それは、メディアのチープな戦略・戦法でしょ?気が付いている人は気が付いている。ただ、そういう人は無意味にそれを主張しないしそれが当然だと思っているから、そうでない人を否定しないだけ。なのに、その対極にいるひとはそうでない対極をこれみよがしに否定して自分を肯定している仕組み。そんな不自然なアンバランスな状態はいつまでも続くはずがないのです。

 そもそも、水道水を何故濾過する必要があるのか?それを「美味しい美味しい」とテレビで連呼するから、濾過機が売れてその水が美味しいと錯覚してるだけじゃないの?今でも充分に水道の水は美味しいですけど・・・みたいな。たぶん、このポンプから出てくる水も美味しいはず。

comments

みんな同じで横並びが気持ちいいのでしょうね。
山で遭難し水が無く生死の境なら水たまりの水でも飲むはずですからね。
ある山小屋での会話。
お客「このペットの水値段が高いですね。」
山小屋の主人「ヘリコプターで上げてますんで。」
お客「こちらの水とお湯は雨水なんでしょう?」
山小屋の主人「はい、滅菌消毒はしてますが」
お客「雨水ならいりません」
山小屋の主人 心の中で・・・。
「雨水でない水はこの世にありませんけど!」
この状況で水の価値の分からない人間にはモノの違いは分からないはず!

  • kuni
  • 2011年09月28日 19:38

痛い輩ですね。

雨水と地下水の仕組みを理解していない地球人。

水に対する機会コストの価値を知らない社会人。

水を得るものが全てを得るということ、
この言葉の意味を改めてエネルギー問題の
終焉に人類は痛感するでしょうね。

地球と人間は水で繋がっているのですからね。

水の畔から文化は生まれています。

水の価値を誤解しているとえらい事になるはずですよね。

  • khuz
  • 2011年09月28日 19:58

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