日本人の9割に英語はいらないとな・・・。

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 元マイクロソフトの社長が緊急提言!ってことで、なんと「日本人の9割に英語はいらない」と言い切ってしまいました。その上、「英語業界のカモになるな!」ということ。なるほどなるほど、確かにそうですね。なんとなくその意図するところは分かる分かる。「頭の悪い人ほど英語を勉強する。」「楽天とユニクロに惑わされるな。」「英語ができても仕事ができるわけではない。」「インターナショナルスクールを出て成功した人はいない。」「早期英語教育は無意味である。」などなど、素敵なフレーズが盛り沢山な書籍のようですね。まぁまぁ、ここまで言い切らなくとも、もっと、このようなポテンシャルな著者なら小出しにすればいいところ、一気に放出みたいなことかな。いやいや、元マイクロソフトの社長さんだから、この程度はジャブかもれいないぞ。「頭の悪い人。」って例えばどんな人だろう。まぁ、IQ100以下はそっと放置するとして、仮に、高学歴で資産家の御曹司という場合と、学齢は特になし一般家庭に育ち雑草のような場合とでは、簡単に比較はできないが、御曹司でバカ、雑草タイプでクレバー、ということになると、ここに「英語力」をアレンジして人を評価する基準値にモノ申す・・・みたいな事かな。

 ご自身のご経歴を全面に出しながらのこの切り口。よほど、編集者に操られた感満載なのか、そもそも、この著者のモチベーションなのか?ちょっとかなり相当気になる書籍ですね。

 で、「英語勉強している暇があれば本を読め!」とのこと。うーん、9割に入っていないことを祈るばかり。

comments

英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっている環境で生活していれば、そのうちに、英語も上達する。

我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしそのものが成り立たない。

日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境が整わないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。

日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

日本人は、国連中心主義が好きなようだ。
国連の議場で世界の人々を説得するためには、自己の言葉が冴えわたる必要がある。
議論のできない人があえて国連中心主義を唱えるのは、自己の他力本願を表明するための手段ということになるのであろうか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

  • noga
  • 2011年10月01日 19:36

コメントありがとうございます。

まさに、です。

「大人の教育」「大人の哲学」が全く機能していませんね。
私もそう思います。
結果、社会人になればあとはどんぐり。
背比べをするよりも適正などんぐりでいることが
優等生で100点満点、で、大人の皆様は満足して
老後に向かってGO!なのでしょうね。

そこに英語が介入する余地がないのですね。
だから、9割という物理定数が妙に
リアリティーを帯びている。

でも、踏み込まない、ダイブしない、安易な苦悩で鬱になる。

守られているから打たれ弱いのですね。

  • khuz
  • 2011年10月02日 09:15

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