映画「HEREAFTER」。

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 意外とクリンスト・イーストウッド監督の作品は観ている。戦争関係の映画以外は観ている。本当に名作揃いなのですが、昨晩観た「HEREAFTER」は最高でした。恐らく今年もいろいろ映画をDVDや映画館で観たがベスト3に入ってきました。いわゆる、「リズムやインパクトやまして表現力」で押し切られ型の映画ではない。監督が自分の描きたい世界をとことん描いたからあとはポテンシャルにお任せしますので引き込まれてください的な「引き込まれ型」の傑作に近い。とにかく、レンタルショップさんではたくさんある棚の下段2列にひっそり置かれているから、ちょっと心配ぎみに手にしたが、冒頭3分で安心して最後まで観ることができました。やはり、このタイプの映画は明らかに「海猿」とは違う。

 で、次にマット・デイモン。このところ、個人的に特筆する映画の半分ぐらいはマット・デイモンが出ている。オーシャンは別にどうでもいいが、他の映画についてその存在感は他のどの俳優とも一線を画しているように目に映る。容姿と演技力などいうチープな語彙で表現できないマット・デイモンの魅力とはなんなんだろう?逆にどうなのよ?の連続でこれかなという感触が掴めないまま、映画は終わる。終わっても深い大きな余韻が残っているのにそれは何なのか定義も分析もできない魅力。本人の人間力50%と恵まれた監督・スタッフを引き寄せる運みたいなもの50%のような。とにかく、映画の画面に収まった時の全てがいい。

 で、で、この「HEREAFTER」という物語。恐らく、原作はなく、監督の組み立てた物語だろう。タイミング的に公開されて、津波のシーンの問題やテロの問題や死後のスピリチュアルなテイストが賛否両論ではあるが、それは、まぁ、この映画を語る時、大きなファクターではない。そこに注視する必要はなく、漢字で「死後の世界」みたいなことをあえて書き出すからそれにハエが飛び回る構図。美味しそうな臭いがすればそりゃハエは飛ぶ。しかし、この物語をどう捉えるかでこの映画の真価がみそにもクソにもなるようなぐらい振幅の激しい深い大きなテーマを監督は観る立場の人間全員に投げているような。だから、どこか、この映画を観ながら自分自信が試されているような気さえする物語の展開でした。この感覚は誰か分かるかな?

 そりゃ犬の言葉が分かるハイジじゃないんだから、死者の声が聞こえるあたりで普通の人はリミッターが機能する。まして、3.11の後、津波のシーンは空気的にと社会性とかセオリーとか先入観の警戒ランプが点滅するはず。でも、監督はそれさえ的から外して「人間の強さと弱さ」をしっかりと描き分けていると思えた。これがこの映画の本丸であるはず。うんうん、まだまだ、心の中にラストシーンの余韻が残っていますね。