レスポンスの鮮度。

 ネット内のコミュニケーション、デジタルツールを活用したコミュニケーションの利点は「早さ」と「保管性」である。保管性とは時系列にもカテゴリー別にでも瞬時に膨大なデータを精査確認でき視覚化することができる。全てデータがテキスト言語で制御されているからだろうし、言語と非言語のコミュニケーションに置いて言語化された情報の認知性こそが本丸。ニーズに伴って保管性は2乗にも3乗にもまして比例し進化・拡張しているのだから。たかが16ケタのIDで管理できる個体数レベルからアウトプットされるテキストデータなどどうにでもなる。クラウドは実際雲ではないが、それこそ、宇宙空間に巨大なサーバが浮遊しそこを介してコミュニケーションするようになれば、時代性さえ仮想の中で成立するのではないか。そこに記録されたデータのみがリアリティーの代償となり、それありきになると、時間の経過を何で知ればいいのかとなる。

 では、「早さ」というう点ではどうだろう?つまり、質問に対する答を返す早さである。上記のように、サーバに一旦記録が保持された時、その時間が一見刻印されているように思えるし、サーバだからタイマーが付いているがこれは言わば絶対時間ではない。相対の時間経過であり、人間が本来の自転や公転の影響やDNAで維持管理してきた体内の時間とは少し異なる。衛星からの信号で絶対に狂わないデジタル時計とかあるが、あれは、狂わないではなく、狂えないのである。しかし、人間の感覚の中にある時間の経過に対する意識・感覚とは数値ではない。ハエにはハエの時間があるように、ゾウにはゾウの時間があるように人間には人間本来の時間の感覚がある。だから、質問に対しての答を出す時間がとても重要なのである。だから、疑似的にそれを体感できるツイッターに人の感覚が反応していると思う。言語なのに非言語タイプのような。

 「レスポンスの鮮度」という意味でこの答を出すタイミングが非常に難しい。やみくもに早ければいいとうものではないし、時間の経過が論理を純化する場合もあることを、コミュニケーション能力の一部と捉えて相違ないはずである。鮮度鮮度と言っても獲れたてが美味い食材と、芳醇な一定期間温存したほうが美味しい食材もある。これらは、決して、CPUでは演算できない人間独自の能力なんです。人間だってケイ素ですから、炭素に還る前に雲に証を刻印しておくことも悪くない。と考えたら、ブログも楽しくなりますね。