虫、鳥、魚、こうもり!?

 世の中を見る視点のお話。モノゴトは時に主観を離れて、虫のようにミクロに、鳥のように俯瞰からマクロに、水流を生きる魚のように全体の潮流を見ながら、そして、時にコウモリのように逆の視点で捉えることで、先入観や固定観念で捉えたことが軟化・流動化して新しい発見がありますよというあれ。こんな杓子定規に何事も実現できれば苦労はしないが、こういうスタイルでモノゴトを見るという視点があるという知識・情報だけはインプットしておいてもいいかもしれない。人間の脳は主語を認知しない。「楽しい」「美味しい」「しんどい」という動詞だけを認知するということ。つまり、ミラーニューロンが機能することで、自分と他人、主観と客観の区別をするのが意外と意外、脳は苦手という仮説がある。なんか分かるような気がする。

 固定観念やセオリーに逆行するだけのコウモリ君だけでも、流れに流される魚君でもダメということだろう。個性が強くあることをただ主張するだけで実感し切っている人がよくいるが、これは、多面的にモノゴトを取らえられず、言わば、虫なら虫籠、鳥なら鳥かご、魚なら水槽、コウモリなら動物園!?で暮らしているそれになるのだろう。そこは生きる上で楽かもしれないが、振り幅は限定される。主観を強調しながら客観も調和させている人は強い。