都会では聖人になれない!?

 「都会で聖人になるのは難しい」とブルース・スプリングスティーンは何かの作品で歌ったそうである。人を誘導する情報に満ち満ちた現代社会は田舎に住んでも聖人になるのは難しいだろうという考察がある。宗教上のタブーや世間体など社会的な束縛から逃れ、先進国で生活する多くの人々は自らの意思に従って食事や娯楽や性生活を楽しんでいるが、将来に備えた節制より目の前の快楽に手を出し、その代償として肥満や浪費や依存症にむしばまれているという洞察と構図。

 地球温暖化や国家債務の増大など巨大な危機を招き寄せる流れが確かに存在している。それは必ずしも個人レベルの問題とは言えない。資本主義社会は、自己抑制の利いた労働者を必要とすると同時に、消費者の抑制を取り払うことに注力していたとも言える。「なぜ意思の力はあてにならないのか」という書籍の著者ダニエル・アクスト氏は米国のジャーナリストだそうです。自己規制の効かない米国社会の病理と個人の意志が生活環境などに左右されるもろい存在であることを様々な逸話とデータで示している書籍らしいですね。

 この夏の節電が示すように日本社会は米国と違う面もあり、しかし、自らに自制力は確かか?と問うて顔を上げて答えられるか?とこの著書は紐解いているらしい。

 船乗りを魅了する魔女が住む海でオデュッセウスは自らを帆柱に縛ったと。この著者の処方箋とはプリコミットメント。事前に自らを課す制約であるらしい。欲望を消すのではなく、野心に満ちながら欲望に弱い自覚があるからこそ理性的な対処ができると指摘しているらしい。日経新聞の吉田利子訳で¥2,800なり。

 これは間違い一冊のようです。まず、意志の力をあてにしている社会や個人について規定してから、ここを再認識してから、読み始めたい一冊ですね。意志とは何だという仮説や規範がないまま、ページをめくる勇気はない。何も今更聖人になりたいとは考えないが、何事も理性的な対処はしていたい。