勤勉の精神は今。

 製造業であれ、サービス業であれ、現代の産業社会の土台となっているのは「勤勉」という存在である。勤勉をいかにして引き出すかが今日の経済学の古典的問題なのである。お金では決して買えない「勤勉」という存在はもう成熟した経済大国では常識であるが、このことは、本来産業の分野をルーツとしていない。倫理や資本主義の精神が根底にあり歴史の根も深い。今も日本の主要企業で実践されている「整理」「整頓」「清潔」「しつけ」「清掃」が伝承の手段になっていることは間違いない。だから、トイレの神様に注目するし、抗菌雑貨がヒットし、かつらビジネス・にきびビジネスが大手を振っているという経済の仕組み。

 しかし、これらがいわゆる勤勉な国民性のイメージになっているが、本当にそうだったのだろうか?だって、詳しくは知らないが、ちょっと前までは刀を持っていた国民が、ザンギリ頭で文明文明と言っていたと思えば、結局、濡れ手の泡に翻弄されただけ。何が残りましたってことになっている。戦国時代の百花繚乱にしばし今を忘れたくなる気持ちは分からなくもないが、これって、間違いなく逃避。どうやら、「頭皮と逃避」の間にあるバタフライエフェクトがキーかもしれないですね。

 勤勉であれ!と少年を大志を抱け!の間にある深い谷には今も澄んだ渓谷があり美しい水が流れている・・・みたいなことないですかね。