日本人ってやっぱアメリカ通が多い!?

 昨晩、イタリア人の中でも「日本通」と呼ばれている人達がたくさん登場して、我こそは日本通だ!という自慢の特技やコレクションを紹介していた。和太鼓の演奏から、書の披露、コスプレの演舞からパラパラの演舞などなど。これも「日本通」かな???という出し物もあったが、皆それぞれに楽しそうに自慢の技や逸品を披露していた。中には京都で購入した130万円の着物を紹介したり・・・みたいな企画だった。日本の文化というか歴史のこの部分にフォーカスしたイタリア人の捉え方が意外にも素敵でちょっとびっくりした。そんなこと日本で暮らしていたらスルーしてしまうようなこともイタリア人にしてみれば、こだわりの対象になるのかと。

 で、日本人ってどんな「通」が多いのだろう?まぁ、「通な人」ということになると、人情の機微に通じている人という定義になるらしいが、日本人はどこの国のどんな文化をリスペクトしているのだろうか。やはり、英語文化に対するリスペクトは大きいだろう。日本の車の名前もほとんど英語だし、いろいろな商品の名称やブランド名などもほとんど英語。イギリス通なのかアメリカ通なのかという問題はさて置き、やはり、英語に対するリスペクト感はとても大きい。が、イタリア人の和太鼓に対して、日本ならロックンロールだろうか、今ならヒップホップだろうか、それともジャズ的なところだろうか。これって全て「通」でひとくくりにはできなものの、イタリア人が和太鼓をリスペクトしているように、エレキギターを日本のアメリカ通はリスペクトしているということになるのだろうか。ちょっと違うかな。

 では、コレクションの部分で、どこかの国のアイテムをコレクションする人ってテイで考えると、何だろう?インド通は何を集めるのか?アフリカ通は何をコレクションするのか?モンゴル通とかスイス通とかっているのだろうか?

 さて、私はところで何通か?少なくとも、和太鼓にも着物にもパラパラにもリスペクト感はない。ただ、ジブリアニメとか盆栽とか日本刀とかってことになるとリスペクト感がある。でも、通というカテゴリーで括るのはちょっと違う。では、石を集めている人は何通になるのだろう?これは、人情の機微とはちょっと違う。レゲエのリズムに別にさほどテンションは上がらないし呼応もしない、アロマやお香などについても、別に何も感じないし、そんなマガイモノよりも蚊取り線香の臭いの方が素敵だと感じているぐらい。好奇心の対象が他の国の何かだったら通ということになるのなら、洋服を着ている段階で全てどこかの国の通だと言えるがこれはもういろいろな文化が混在しているからそこまで限定はできない。

 すると、日本という国は独自の文化や歴史があるわけで、もしかしたら、他国の通な人達よりも、人情の機微が希薄になっているとかいないとかって考えてしまいました。