モノゴトの大前提。

 すべのモノゴトには大前提がある。極端なお話、人間は空を飛べないとか嫌いより好きがいいとか。まぁこの程度の大前提ならさほど気にする必要はないが、ポジティブな傾向で言うと「一人で戦争を止めることはできない。」「一人で大災害を食い止めることはできない。」「一人で多くの飢餓に飢えている人を救えない。」「一人で平和を創ることはできない。」となる。これらは感覚の中の大きな大きな大前提。これがちょっとダークではありますがネガティブになると「人は人を殺してはいけない。」「他人のモノを盗んではいけない。」「自らの命を絶ってはいけない。」「人を傷つけてはいけない。」などがある。これらは極端であるが絶対的なモノゴトの前提。細かい個人と個人の大前提となると、無断でプライベイトな話題を聞かないとかその人に対してまずいことや頂けないことはお話するべきではないなどがあり、それは自然や社会や経済活動・社会活動に置いてさまざまな大前提がある。これらをひとつ倫理という基準に置き換えると、ある側面でそれは整うように思えるが、倫理でさえその整え方は完璧ではない。人間は感情で生きているから常に気温や湿度や磁場の関連で血流が乱れ自律神経と脳内耐圧が変化して微妙な感情の機微を生む。五感からの情報も一秒一秒変化しているからこれらの影響を過大に受けることになる。意識してか意識せずとしてか、それが社会を構築している最少単位である個人の核である。そこが時間の経過と共にいろいろな思考を生みだしながらそれが交差している世界に置いて、この大前提をひとつでも多く会得しておくことが大切である。それは何のためか、他人としっかりコミュニケーションするためである。進化する電子機器の使い方にも大前提があり、インフラに対するリテラシーについても大前提がある。それを義務教育の中で学べない国は恐らく今後確実に失速していくだろうし、大学機関でこれらの応用編を会得できなと、専門知識だけでは社会に対して「不備・不具合・不毛」感に苛まれるだろう。

 さて、ということで、これもモノゴトの大前提なのである。