DANリーディングというアプローチ。

 あまり本の読み方はこれだ!みたいなセオリー通りに何かをすることは好きではないが、あらためてそういうタッチの文脈を知った時、同じような思考で書籍や情報をインプットしているんだなぁと感じる時、ひねくれた捉え方ばかりしているわりには、素直に「ああこれってひとつの正攻法なんだ。」と安心することがある。書籍はこう読むべきだなどと他人に言われて天の邪鬼にその反対ばかりしていても結果、それは一周回って同じことみたいなことだから仕方ない。結局、何かひとつのモノゴトに精通して突き詰めようとしている人は回っているということなのかもしれない。それが、ある瞬間は対極にいても時間の経過と共に同じ場所に戻ってくる感じ。アナログ時計の針のように、短針と長針が重なったり離れたりのように。

 そんななか「DNAリーディング」という手法があることを最近知った。それは、好きな作家や著者を読んで、その著者が自分自信のルーツと捉えている人の書籍にアプローチするという手法。そして、そのルーツの書籍のまたルーツ、そのまたルーツと一つのDNAチェーンをひも解くという書籍の選び方である。これは、ネット社会の情報構造にも同じことが言えるだろうし、書籍とは違うが、人との出会いも同じことが言えるように思えた。結局、何かを求めた時、そのルーツを知ることで、自分が得た情報の深さや広さや相関性がより鮮明に理解できるというアプローチだろう。

 ちょっと、タッチが違うかなと思えたのは、そんなDNAリーディングをしていると、人は必ず、「孔子」に辿り着くらしい。私自身、あまり「孔子」に興味はないのだが、そう言われると、「論語」とは、あらゆる分野においてのバイブルだとその構造・仕組みは理解できるような気がする。ただ、だからと言って、今から「孔子」に精通したいとは思えない。確かにそれほどの存在であり不動の価値があるのだろうけれど。それに似た感覚で「聖書」という書籍がある。これは恐らくこれまでの人類の歴史で最高の発行部数を誇る書籍だろう。だから、人間と聖書の関係をあらためてゴタクを並べる必要はないが、書という存在はこうして人間に過大なる影響を与えているということになり、そのアプローチとしての王道が「DNAリーディング」ということなりそうである。DNAが繋いできたことって個人的にああだこうだと深く分析することは不可能だとしても、自分自身が精通してきた分野に限ってのみ少しづつそのルーツをたどることで何か意味のある「ひらめき」や「核心」に辿りつけたらいいなぁという感じで正解。

 で、改めて、その分野って何だろうということで個人のIDが形成されるんでしょうね。