突っ込むと出会える不思議。

 来るモノは拒まず、去るモノは追わず・・・などとカッコよくいきたいものですが、現実はそんなにドライに捉えることができない。来て欲しいのにグイグイ来ちゃうとそれなりにちょっと冷静になってしまいますし、決別する結果になったとしても、もし、どこか別のカタチで接点があれば、全力で猛進させていただく準備をしています。後悔というわけではないのですが、後悔がスッパリ・スッキリ忘れることができる対象ばかりだといいのですが、なかなかこれも現実的には・・・という感じです。

 でも、不思議と自ら捨て身で突っ込むと意外と活路が見出せて、へぇー、思い切って突進して良かった良かったという場面が最近多い(そういう歳になったのか?)。どうしても、突っ込むと細かい傷を受けたり、ドカーン!と高い壁にぶち当たったりしていたことが経験上、大人としてのリミッターが機能してしまい、道徳だとか倫理だとか自分に言い訳しながら尻込みしていたが、その箍を外すと以外とまだまだ自分の足腰って反応できてるじゃん!みたいなことがある。そこをそんな風に突っ込まれても以前だったら、ちょっと引き気味で、お茶を濁していた場面が、ここはもう半歩踏み出しておこうかなとちょっと勇気というか、ちょっと無茶をしてトライしていみようと思えるようになった。しかし、石橋を叩く前に渡る的なことではなく、最初からのこの橋は渡るつもりなので叩く必要がない・・・ではなく、ひととおり渡りたい橋があれば、ちょっと、渡る前に深呼吸をして数秒目視しながら自分の気持ちを再確認してGO!みたいな。

 すると、想定外の角度から素敵なサインを発見発見発見する。この不思議な感じは何か?何がこれをなせる技なのか、それもふくめて「たまたま」なのか、偶然なのか必然なのかとかじゃなくて、結果、「いい感じ」になる流れ。これをただの「不思議」と捉えることなく、ここからこれらを料理する技が求められているとか求められていないとか。ただ、47歳になり、いろいろな感覚が鈍くなり、ド忘れレベルの穴ばっかり掘っているが、突っ込む時の突っ込み方としては、まだまだ、というか、御歳なりにできているのかな・・・とも思う2011年の年末、あと1ヶ月まで数日である。

 しかし、モノワスレが激しい、仕事場はもうメモだらけ。そのメモが何だったかを忘れるこの状態にもうすでにイライラもしなくなってしまった。麻痺しているが麻痺も続くとスタイルになるって程度に開き直っているから始末がいいのか悪いのか。とは言え、ガチであと2011年もいろいろありましたが、ほんとに3.11から激動の日本でしが、まだまだ、1年を総括するにはちょっと早いが、来年は辰年ってことで、昭和39年生まれのガチの龍男として昇龍となる助走のための足場をこの年末は固めたいなどと頭デッカチになっています。意外とこの時代は、突っ込むと出会える時代なんですね。「犬も歩けばうんこをする」的なことかなと・・・。