「走・攻・守」ってことだと・・・。

 野球部時代、気にしていたフレーズがふと頭に浮かんだ。「走・攻・守」バランスのいい選手になりたいなぁーとどうやらガチで願っていたことと、何かのDAY DREAMがリンクしたのだろう。しかし、早く走れても、バッティングが得意でも、こと「守り」には定評がなかった。なお且つ、なお且つって!野球のセンスがなかったものだから、陸上選手ならいいが(って、陸上競技をリスペクトしていないわけでは絶対ににない。)野球の場合、「走」の部分にもセンスが必要。「攻」の部分も投げられたボールをただバット打ち返せばいいだけではなく、チームでプレイする野球では個人の「攻撃」能力がかなずしもチーム全体の戦力にならない場合がある。

 で、「守」の面で言えば、ビックリするぐらい定評がなかったから、致命的なエラーをする選手なわけです。それが、試合の流れを変えたり、決定的なエラーになる場合が多かった。これは何故かというと、守備についている段階で「もし、今、僕のところにボールが飛んできて、エラーしたら試合に負けるぞ・・・」としか頭になく、すると、必ずボールはその選手目がけて飛んでくる。結果、エラーをして、チームが負けるのである。だから、形勢が不利な状態で自分自身のファインプレーで流れが変わってチームが勝利した、などという記憶は皆無。

 ずっと、何故こんなにも、守りの状態でのプレッシャーに弱いのかをかなり悩んだが、結論としては、考え過ぎなのである。単調単純な作業の積み重ねは好きなんだが、チームプレイとか、運動センスが必要な場面では、見事に逆目の裏目のネガティブシンキングになる。この適性に気が付いた時はもうすでに高校生活が終わっていた。つまり、野球的に「走・攻・守」揃った選手ではなかったことが、逆に、美術やデザインやクリエティブの適性に気づかしてくれた。

 まぁ、決して、僭越にも恐縮にも、「美術やデザイン」においてセンスがあるとは微塵も思っていないが、ただ、この世界で誰よりも諦めない能力やとことんのとんまで追求する能力はかなり自負としてある。結果、こだわり粘ることがこの世界で喰わせて貰っている理由のひとつかもしれない。どんくさいこともあるし、ボケボケな失敗は数限りないが、でも、まだ、この仕事をできているのは、ただただ、諦めていないからである。すると、必然的に高みを設定しているし、そんな試行錯誤を繰り返していると、ふと、立ち止まると自分が意外と想定以上に前に進んでいる場合もある。三歩歩いて二歩下がる、みたいな連続ですが、でも、少し前に出れて少し視界が変わっているのを実感すると、自分はチームプレイよりも個人プレイ思考なんだと、そこに適性を感じています。

 チームに属する安心感よりも、単独行動のリスクの方が生産的だと建設的だとどこか感じているのでしょう。だから、こんな人間だから、「守」が苦手だという今日の結論です。