演繹・帰納・因果関係。

 古代ギリシャの哲学者・アリストテレスによって体系化されていると言われているのでまぁ硬いネタですね(ネタ!?)。

 演繹とは前提1「ナイフで人を切るのは犯罪だ。」、前提2「彼は毎日のようにナイフで人を切っている。」、結論「よって、彼は犯罪者である。」しかし、彼の職業は外科医みたいな。

 帰納とは「アホ犬01がカラスに馬鹿にされている。」「アホ犬02がカラスに馬鹿にされている。」「アホ犬03がカラスに馬鹿にされている。」「よって、犬はカラスに馬鹿にされるものだと言える。」みたない。でも、アホ犬は馬鹿にされているとは決して思っていないみたいな。

 で、因果関係とは「英語ができる人ほど年収が高くなる。」という関係性をどう分解しますか?ということになる。上記の三大推論を踏襲すると「英語ができる人は年収が高い。」となるが、「年収が低い英語ができる人」はどうする?「英語ができないが年収が高い人」はどうなる。を比較検討して結論に導く推論方法のことなんでしょうね。

 では、「マスメディアやインターネットの情報を鵜呑みにしない。」という行為に対する、推論はどうなるのでしょう?うーん、ちょっと怖くてそんなことをブログが炎上しそうで書けない書けない。日本人のコミュニケーションは尾を引くからねぇ。傷つきやすい国民、100個の失敗よりも1個の成功を求める美学、しかし、横断歩道はみんなで手をついで渡りましょうタイプが織りなす摩訶不思議な人間模様はある意味、「平和」そのものでいいじゃん!たぶん、インターネットが世界の隅々までに普及して、今、こうして、日本人が日々綴っているブログとか読んだら「あら!まぁ、なんて幼稚で純粋で素敵な大人達でしょう!放射能ボケですか!?」とリツートされるんだろうな。

 3大推論「演繹」「帰納」「因果関係」でいろいろ切り込むと、意外とぞぞっとしますね。