プロは・・・。

 「プロフェッショナルサラリーマン」という方の書籍のお話。22歳で一部上場の会社に入社。30歳でリストラ候補になって、33歳で社内で新しい部門を起業する。39歳で年商14億のビジネスに育てて、40才で上級顧問に就任したという経歴の方が言うには、「プロは仕事をつくって・回して・稼ぐ」ということらしい。これが私の仕事術だ!みたいなことが書いてある。ふーん、これで書籍として完結するんだ・・・みたいな印象ですね。実際、その細かいディテールを読み解きひも解けばそのリアルは流石級なのかもしれないが、ここまでの情報を判断するにそれらは「あたりまえ」のこと。改めて!?みたいな温故知新!?古きを訪ねて!?ならばチェックもしないのですが、唯一、この書籍の広告文の中にある言葉が気になった。それは「プロは群れることに不安を、孤独に安心を求める。」というフレーズ。結局、上級顧問という存在が何者か私は知る由もないが、企業の中で孤独とは???の部分を、さて置き、群れることと孤独の相関関係が「プロ」であることとどのように連動しているのだろうか?という好奇心が湧いた。

 で、大した「群れ」でも、大した「孤独」でもない可能性がむんむんなので、この書籍は買わないが、書店で見かけたらちょっとチラミしてみようと思っている。っても、たぶん、書店で見かけても覚えていないだろうから、こうしてブログに記述して自分の頭に入れようと思っております。

 最近、ブログはメモになっている。誰が読んで誰がアクセスしてくれてを全然意識しなくなってきた。これが悪い傾向なのかいい傾向なのかは神のみぞ知るでいいと思っている。だから、ブログはこれでいいかなと。しかし、どうせブログのプロならもっと孤独感を漂わせて孤高に・・・などとも考えてしまいますね。つまり、最近のマスメディアやインターネット内の情報とは書き手との共有性ではなく、孤独性にあり・・・なのかなと。っても、全てを網羅もできないので、「メモ」のテイでいいかなと思っています。

 あの、ウィキでさえ、公的な資料にはならない。結構、荒い情報らしいですしね。ってことは、GもYもさほどなんでしょう。つまり、誰でも公開できる情報にあまり質量を求めちゃダメってこと。資料づくりは自分の体温を使いましょうってことでしょうね。それが結局、プロの価値かなと思います。最後の最後で。