すべらないパターン。

 昨晩の「すべらない話」は第10回目ということでメンバーがそろそろ固まってきた感じがある。常連さんから初登場の方も含めて、この場所に来て自分の話術を披露できる人は芸能界広しと言えどかなり限定されているような気がしてきました。そして、すべらない話に対するオーディエンスの構え方もレベルが上がっているというか、すでにこのお話が皆様から発信される前に相当、温まっている感じ。つまり期待度とこなれた感じが次のレベルになっているような。これを恐らく松本さんはイメージしていたのだろう。このテイの話術というか観察眼がなければ芸能人として物足りないですよ、テレビで芸能人としてのポテンシャルを示すならばこのレベルの才能と日々の努力が必要ですよと言っているような流れ。テレビの世界もメディアの世界も政治・経済の世界も同じ。作用と反作用だから、いくら高い次元の高尚な作品(コンテンツ)を世の中に送り出そうとしても、もしくは、根本的な理想のビジョンを政治家や思想家が世の中に認知させようと構想しても、それを受けるサイドの層が未熟だと本末転倒な「空回り」になる。しかし、それが成功・実現すれば、その下位のレベルの層は必然的に淘汰される。撹拌したいなら、センスと技術と知識を磨けよ!と松本さんはほのめかしているのだろう。それを「すべらない」というひとつのモノサシでバブリックに展開したのがこの「すべらない話」の仕組み。

 あの席でテーブルを囲みダイスの転がりを見つめながら、「自分の名前が出ろ!」と願うのか、着飾り適当なコメントで尺を繋ぐ一芸能人で終わるのか・・・、松本さんも分かりやすい仕組みを創ったもである。流石としか言いようがない。ある意味、彼らはグラディエイターなのかもしれない。

 に、比べてこの年末の特番音楽番組に登場するタレントのリストは何だ?アーティストの密度が低い。出ているのはいわゆるニギヤカシ面子ばかり。たぶん、単価が安いんだろう。ジャニーズか秋元組か韓国系かエグザ系みたいな・・・。どれも、当然「歌」ではあるが、ハリボテの付け焼き刃もはななはだしい。が、それが現在のテレビの背景だろうから、リアルの部分として仕方なし。しかし、モノホンのアーティストはこれらのハリボテ達と一緒に「音楽番組」のテイで登場することを根底から嫌っているんだろうなとさえ思ってしまう。あの人達といっしょにすべりたくないのだろう・・・。

 で、トータル的に「すべらないパターン」はどうすればいいのかが、2012年の大きな日本のテーマになるだろうなと思いながら、さっさとその音楽らしき番組を消して、「フリンジ・セカンドステージ」の最終巻(11巻)を観ました。こんなテレビドラマが流れる国ってそれを待っている人のレベルも高いんだろうなぁって感じです。さて、正月休みは「フリンジ・サードシーズン」へダイブ!