SOCIAL QUOTIENTか。

 「かかわり」の知能指数を「SOCIAL QUOTIENT」と言うらしい。いわゆる、「IQ」から「EQ」からの、「SQ」ということ。「なぜ、若者たちはお金より人の役に立つ仕事を望むのか?」「なぜ、女性たちは高級外車よりエコカーをカッコイイと思うのか?」「なぜ、父親たちは郊外のマイホームより職場の近くに住むことを望むのか?」などなど、ちょっと気なるキーワード・フレーズがある。そういう時代なんだろうと、そこを軸足に考えを広げるといろいろなリアルが見えてくるような気がします。

 例えば・・・、なにかにつけ「SOCIAL」は今後のキーワードだろうと思うが、そもそも?というニュアンスもある。日本語にすると「かかわり」となり2011年のひと文字!っていうことで「絆」みたいな便利な言葉があるが、「絆」と「かかわり」というニュアンスは深いはず。親子の、社会の、日本の、みたいなことでこれらのニュアンスが3.11後よりリアルになっている。それはそうであり時勢の潮流的にも、スタンダードに人間の社会性や経済の仕組みを分析してもそこに「絆」は必要だろうということになる。しかし、ここでも、そもそも、では、「かかわり」とか「絆」にわざわざフォーカスせざるを得ない状況だということ自体が問題視されるのかな?そこを特筆するようなことって逆に・・・とならないかと思うのです。

 なにごとも「作用と反作用」なんだから、SQ値が高い人が社会的に求められていますということで、その高さの基準値をどこに設定して、どうならどうで、どうならどうなの?といういわば、水掛け論に陥るような気がしなくもない。そこに一緒にフォーカスしましょうよ!こんな時代ですから絆は大切。人と人のかかわりが希薄になった希薄になったと煽っておけば、絆がビジネスになり、かかわりが利益になる仕組みを創りたい、これが、最終目的だとしたら、そもそも、かかわりのあった人に対してもあらためてあなたとの「かかわり」を・・・とか、あなたとの「絆」を改めて鑑みますところ・・・みたいな、ギクシャクな感じにならないかな?もう、「かかわり」も「絆」もありきの大前提でナチュラルに力まずに考える自然体な人間になるための(というか自然体であることを)無意識と意識の中間のような場所を共有しましょう!でいいのではないだろうか。

 猫も杓子も右向け右がどうも、どうも、メンドクサイ。

 って、やっぱ、一番大切なのは基本的に今も昔も「IQ」でしょうみたいな。