2012年01月 アーカイブ

例え顰蹙(ひんしゅく)を買っても・・・か。

 「20代で群れから抜け出すために 顰蹙を買っても口にしておきたい100の言葉(千田琢哉著)」という書籍がある。「上司を飛び越えて仕事が成功して、こう説教されたら。」というケースで、上司にこう問い詰められたら・・・「どうしてひと言オレに相談しなかったんだ?」と。そこでただ一言、「遅くなるからです。」と。勇気を出して、心の叫びを口にしていこう!的なノリの言葉が100個か。

 この広告にはこうも書かれている。「成功者たちの共通点 人生を変えたきっかけは、うっかり口が滑った瞬間だった。 口を滑らせない能力を身につけ粗相なく生きたとしてもその先に待ち受けているのは気が遠くなるほどの長蛇の列。だったら早めに口を滑らせて脱線して、自分でレールを創ってしまえばいい。」とある。まさに!災いの元と警戒している内に自分の言葉を失うってこと。

 ある世界の機関が全世界の中学生を対象に自分の国を誇れるか?という質問をした。アメリカ、ヨーロッパ諸国、中国の中学生は50%以上が自国を「誇れる」と答えたが、日本人は20%だったらしい。そうでしょうね。「誇れる」の基準がさてどこであれ、その詳細が不明なテイであれ、「誇る」は「誇る」である。そこがどんなディテールであれ誇れない80%はたぶん長蛇の列を選択しているのだろう。

 確かに上司に恵まれるという確率と脱線して自分のルートを創造して恵まれる確率を比較してもそののびしろは明確だろう。なぜ、年上に、なぜ、経験者に、過敏なリスペクトをしなければいけないのか?まずそれが疑問であるし、同意できなポテンシャルの顎の下に入ってもアッパーを打ちこむ捻じ込む勇気がなければ同じこと。脱線が正解。御大のリーチが届かないエリアでステップを繰り返しているうちにそんな相手は持久力を失うだろう。ある意味、顰蹙を買うことで空気を読んでいる結果になる場合って意外に多いんじゃないかな。若い頃は自分で金を出して顰蹙を買えってこと。そう思うと自分自身そこにかなり授業料を払ったような記憶が蘇る。

 で、長蛇の列はどこ?って感じなのでしょうね。確かに並ぶのは好きではない。この書籍ちょっとチェックかもしれないぞ。

福岡先生テレビ出ちゃうかぁ!?

 昨晩、「動的平衡」の福岡先生がテレビに出ていた。個人的にはあまりテレビに出ていただきたくないのですが、強力なテレビ局のオファーがあったのだろうが、それでも、出て欲しくない感じですね。先生の世界観というか知識が書籍経由でこういう時代だからテレビ関係の人間にいい感じで伝導したのでしょうが、福岡先生のポテンシャルがテレビレベルでしっかりと伝えられるわけがない。それでもコンテンツが不足しているテレビの人間が無理苦理先生の登場を演出しただけだろう。適当なタレントとからむ福岡先生の表情に終始注目していました。まぁ、時間枠の中でどこまで先生が画面に入らなければならないかをずっと洞察していたのですが、それでも、先生の存在感はふわふわしていました。なんとなく居心地は悪そうな。まぁ、この程度の登場は適当にしていただき、もっともっと別のベクトルで先生の理論や世界を訴求・波及していただきたいものですね。「動的平衡3」楽しみにしています。

日本酒五種類@コト電。

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 もう、コトコト電車も後半戦。テーブルの上には酒蔵さんが注ぎに来られる5種類の銘柄が溜まってきました。う~ん、美味しいのですが、私のキャパは完全にオーバーしています。「どれが美味しいのか?」などという部分はさて置き、全部美味しかったです。甘口辛口あるものの、どれもそれぞれに美味しいと思います・・・程度のコメントしか頭に浮かんでこないほどとても気持ちのいい状態でした。電車と日本酒の不思議な関係に「ここがフランスならワインなのかなぁ~」とか「ここがコロラドならビールなのかなぁ~」とちょっと思考がトリップ気味でした。おでんとお弁当のマッチングもとても美味しかったですね。

コトコト電車でゴトゴト。

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 昨日は彦根駅から近江鉄道さんの「コトコト電車」企画に乗車させていただきました。こういう機会でないかぎり日本酒をガチで飲むことがない。ほぼ、年間の日本酒の摂取量の50%がこのような企画ありき。まして、自分で日本酒を個人的に晩酌に・・・ということが100%ないので、貴重なひとときでした。お弁当も美味しかったですし、酒蔵の方のお話も楽しかったです。日本酒でホットになり、駅のホームで一服。これを繰り返しながら八日市間を往復しました。チビリチビリと五つの銘柄を頂きとても気持ちいのいいひとときでした。酒蔵の皆様、ありがとうございました。

 そうですかそうですか、この酒の水は100年前の水なのですか・・・。

折れない折れない・・・。

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 45万部とはこれまた素晴らしい書籍。そこまで売れるのかそこまでニーズがあるのかって感じですが、あえてチラミしたらなかなか。思わず買ってしまった一冊。折れる折れないでいうと確かに確かにっていうテッパンが散りばめられてる。インデックスをチェックした段階ですが、かなりかなりテッパン中のテッパンを列挙している。逆にこの著者に興味が湧くっていう流れの一冊ですね。

 しかし、話は変わりますが、最近、親友から頂いた書籍を読む時間を作っている。あまりというか人から進められた書籍を読む機会は極端に少ない。視野が狭くジャンルも狭い最近の傾向を打破するべくこういう機会を設定して頂き私も渾身の3冊プラス1を送った。しかし、いずれも1ページ目からキツイ。自分でセレクト・チョイスしなかった書籍がこれほどキツイとは想定以上。ただこのキツさも鍛錬であると捉え視野を広げるための訓練と捉え2ページをめくったがさらにキツイ。う~ん、ちょっと、また読み始めるタイミングを見計らろうと思っています。逆にこれほどキツイ書籍をチョイスしてくるあんたはエライ!私にこの書籍をチョイスするあたりの破天荒さが実は自分自信に欠けているとい想定してなんとか3ページ目を開こうとしたが、手が止まる。う~ん、キツイぜ!かなり好き嫌いの激しい自分がまさに浮き彫りになる感じ。裸で滝に打たれるよりキツイ。

 比較的、折れない心を持っている私の心が折れそうだった・・・。逆にスゴイのか!?

積み上げてきたものを大事にしたい。

 この季節、アスリート達は温かい空気を求めて西へ南へ移動する。しかし、陸上短距離選手の福島千里さんは北の大地でもくもくと練習をこなしておられるそうです。福島選手を育てた中村監督の書籍も読ませてもらったが世界を目指す人は自分にマッチした最適な環境さえも自分の方へ引き寄せるのだろう。中村監督しかり全ては福島さんが五輪の100mの決勝のスタートラインに立つことに向かっているような気がする。中村監督が考案された様々な練習方法とアイディアに富んだ強化メニュー。しかし、基本は詰め込み型ではなく自由自在型。それが福島選手の強さであり魅力なのだろう。

 メディアは五輪五輪と浮かれているがご本人いわく「今年から急に始めるわけじゃない。積み上げてきたものを大事にしたい」と。今回もぜひ準決勝からの決勝を期待するが、それは、世界の100mの現実を知らない人のコメント。なんでもかんでも神風が吹く話ではなく、あの第二次だって日本はだたのマリオネットでありスケープゴードだった。純真で裏のない国民だけに世界の仕組みに世界の情報戦に世界の科学技術力に手玉状態だっただけ。それは今もなんら変わりないだろうが、東京に再び大震災が来た後にたぶん日本人は正気を取り戻すかもしれないですよね。五輪五輪って応援するだけの人があまり選手に気安い無神経なコメントを投げず、大きく温かく見守りたいですよね。

 あの福島さんの軽やかな風のような走りを一本でも多くテレビで観たいだけ。積み上げてきたものの大切を知っている人は強い。芯が太い。過去の自分の挑戦を笑顔で「失敗の連続」と言える大きい人間でありたい。小さい成功をどれだけ重ねても実はあまりのびしろはないと思い。挑戦して失敗して挑戦して失敗する。このループのプロセスで骨を筋肉を思考力を臨機応変能力を鍛えてきた人は強い。自分のリミッターに挑戦する人は失敗も多くて当然。傷も多くて当然。でも、次の挑戦を止めない感じこそが何かを「積み重ねている。」と言葉に出していい人。

 何事もひとつひとつ積み重ね感じたままの羅針盤を信じること。それが自分を信じるということなのかもしれないですね。弱い自分も悪い自分も受け入れてこそ失敗や苦悩が翼になるのだろう。

雪が続くそうです。

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 しばらく湖北・長浜エリアは雪が降り続くそうですね。昨日の朝の降り始めた感じはなんとなくそんな予感がありましたが、どうやら強力な冬型の気圧配置が居座っているようです。そんな日に長浜と京都を往復すると改めて長浜と京都の気候の違いを痛感します。新快速で帰ってくる時もだんだん雪景色がグラデーションのように変化していく感じ。で、米原の駅前の木の前でパチリ。

建物の壁にコケ?

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 京都ならでは?環境デザインの一環?オーナー様の趣味趣向?いずれにしても建物の正面の壁に貼り込まれたコケ。冬だからこんな感じで、季節がよくなるとたぶんいい感じになるのでしょう。なかなか素敵でしたね。

「Photoshop の秘法」発掘キャンペーン実施中か・・・。

 アドビからこんなキャンペーンのメルマガが到着した。改めて「PHOTOSHOP」か・・・みたいな。かれこれP.S.にはどれぐらいお世話になっているだろう、目まぐるしい機能を追加しているイラレに比べて現場のあれもこれもに対してガチで進化してきた感のあるP.S.その真価はいかなものかとこのような「秘法ノリ」で捉えてみるとどうなんだろうかと。イラレに対してP.S.は写真の加工や編集に特化したソフトではあるものの、その用途たるやあらゆるデザインや広告・アートの現場に関連深い。私はかねがね最高のソフトウエアは何かと聞かれれば必ず「P.S.」だと答えているし、20年以上使ってきたがさほど「秘法」などという決め技は持っていない。しかし、自分自身の仕事がこのソフト抜きには考えられないので、改めて灯台の元に目を向ければ何かあるのかもしれない。普通にやっていることが実は!?みたいなこともあるだろう。昨今のP.S.はどうも3Dの傾向が売りのような情報の系統があるが、私自身あまりP.S.の3D機能はピンと来ていない。3Dは3DでしっかりとXYZの情報が必要だし、モデリングが仮にできたとしても、3Dソフトのマッピングとライティング、そして、アニメーション機能はP.S.がどう覚醒しようが手を出せないエリア。これは逆に手を出してはいけないエリアだとも思います。その代わりに最高のソフトウエアだと断言できるにたるその機能は素敵すぎる。全てをここで列挙することは不可能ですが、例えばカラーマネージメントについて言えば、その調整機能は何パターンもあり、細かい設定が可能です。よく「P.S.の裏技」とか「P.S.のプロの技」のような書籍を見ていろいろ研究はしているが、それは、あまり仕事には関係ないことが多く、表面的な見栄えの部分ばかりが特筆されている。そんな雰囲気にしたい時もあるが、そんなにそのフィルターは使うかな???みたいなことが「P.S.の技」みたいに紹介されている。

 「写真を加工・編集する。」だけのソフトではあるが、その奥義は深く広い。カメラマンが写真の調整レベルにP.S.を使っている場合と、印刷、WEB、映像への転用・流用を想定するとP.S.抜きには何も始まらないのである。

 で、「「Photoshop の秘法」発掘キャンペーン」となるのですが、さてさて、どのベクトルでのどの活用術を「秘法」としているのかが逆に楽しみである。勿論、応募するつもりはなし。

格好悪いがカッコイイ。

 大活躍中のプロテニスプレイヤー錦織圭君。昨晩、彼のテレビ番組が深夜にあったので録画しまいた。錦織(にしこり)さんはさらに世界の上を目指すために「格好悪く勝つ」という新しいプレイスタイルの確立を目指している。強引にスタイリッシュに得意技を磨き強引に攻めるのではなく、決して攻め急がず相手のミスを誘い、粘り勝つというスタイル。言わば「我慢のテニス」こそが世界を制するために必要なアプローチだと考えておられるのだろう。独自のトレーニング方法で長時間のラリーに耐えられるような身体づくりを進めているということなどをテレビプログラムとして紹介しているのだろう。昨晩は観れなかったので今晩録画を楽しみにしています。

 なるほどなるど、「格好悪く勝つ」か・・・。世界の頂点とはそういうモノなんだろう。とてもリアリティーのある言葉ですし、それがガチの世界だろう。会議で議論してひとつの結論を捻り出す時、どうしてもスマートに粋にスタイリッシュにと考えてしまうのは本丸ではなく決して芯は喰っていないということだろう。会議で出た結論が正しいか正しくないかではなく、会議で結論など出ないが正しい。そんなに頭でイメージしているどおりに行くことなど現実の世界ではない。そんなのはゲームソフトの中だけの絵空事。現実は常に変容している時間の軸の中でどう変化するかを動いて創って考えている人が正解。変わりつづけるということは言わば小さいサイクルの破壊と創造を再構築再構築を繰り返している。つまりこれは量子論になるのですが、それが生物のベースにあるのだから、デジタルプログラムの中に逃げ込みたくなる生物としての微弱な知性も理解はできるが、絶対にそこにリアルはない。イメージを「格好悪い」にフォーカスできる人はとてつもない高みが見えているのだろう。いわば、「勝利」のその先が見えているのだろう。日本男子初の快挙からさらに上の高さまで突き進んでほしい。

 「格好悪い」が「カッコイイ」の時代なんですね。

ペアのゼニガメちゃん。

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 ということでゼニガメの赤ちゃん2匹が我が家にやってきました。とても可愛いし思っている以上に元気。ただ、水が冷たいと元気がなくなるので、水温調整のヒーターとなかなか太陽の光にあててあげらられないので紫外線のライトが必要だということが判明。早速揃えなければ。あとは水温を20度以上にキープして餌の量と水温の管理をしっかりしなければいけないそうです。水も飲み水なのできれいにするべしと。水温が下がると大人なら冬眠モードになるのですが、赤ちゃんはその体力がなく死んでしまうらしい。う~ん、なかなか亀も大変で。そとで無駄吠えしているだけのアホ犬とは違う。まずは、ヒーターですね。専用の固形の餌をあげているのですが、水で少しだけふやかしたのを口に入るサイズにして頭の前に木のスプーンで持っていくと、妙なタイミングで首を伸ばして口を大きく開けてパクリ。これがなんとも可愛い。何個ぐらい食べるかも日々チェックするべしと。2日目でかなり水が汚れたのはおそらく糞でしょう。小さく見えて食べたり糞をするのは結構活発なゼニガメちゃんでした。

知恵を使え!?

 最近書籍を書店や新聞でチェックしているとなんやかんやで「知恵を使え!」みたいなテイのタイトルが目に付く。この場合の「知恵」とは何を指しているのか?例えば、「規則(ルール)に捉われずに、知恵を使え!」って事で言うと、恐らくこの場合はルールよりも知恵の方が選択肢としてベターだったケースを指している。それがどんな場面であれ「知識」か?「知恵」か?みたいな選択はそれぞれTPOがあるように思う。なんでもかんでも「知恵」があればいいってわけでもないぞ。さらに、そんな切り口で例え何万部売れている書籍があったとしてもそれはその著者が整理したTPOの中でその知恵が有効だったということだけ。状況や条件は時間と共に変化しているわけで、価値観さえも常に変容しているのですあから、あの場面であの判断がいい結果を及ぼしたって、次の瞬間にその判断が最適だとは限らない。なのにそれでも「知恵」にこだわるのなら、それはそれで規則に捉われているってことにならないのか・・・みたな。だから、結局、書籍の読み方ってそういう感じでいいはず。

 で、ソフトやデジタル機器の説明書やチュートリアルなども同じで、必ずしもそのマニュアルにそのソフトウエアの使い方というか応用術の正解はないように感じます。でも、文字が多いから出てくる書いてある言葉・専門用語が理解できないからと言ってマニュアルを放棄している人はナンセンス。それはモノゴトを安易に捉え過ぎ。で、これが自分のスタイルですって言い切ってしまう人ものびしろを自分で下げているだけ。よく専門的なお話を始めると、喰いつく人と視線が泳ぐ人がいる。それは確認しながらお話を調正しているが、それれも、ナンセンスな人は自分が知らない事ばかりまくしたてられた感じになって、スイッチを切ってしまう人。いやいや、聞いてきたのはあなたなのに・・・みたいな。でも、それでも、表情にその症状が現れたらこちらも一方的に並べるのではなく、噛み砕く、語彙をチョイスする判断をしなければいけない。だって、自分自身、その逆の立場での専門家に対する誠意を失い、スイッチを切ってしまったことで後悔しているこは多い。お互いいろいろな知識や知恵や技術を持っているのだから、聞く方も話す方も忍耐力なしに一芸に到達はできないということ。このあたりが実は相対的な「知恵」の本体でいいのではないだろうか。

透明水彩の基本編。

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 で、これが透明水彩(アクリル絵具)の基本編。基本編と言ってもこれは下絵を鉛筆で入れている。鉛筆をわざと残しているのは透明水彩で重ねてディテールを出したい部分と鉛筆の素描っぽいタッチをマッチさせたいからであり、狙いは鉛筆のタッチと透明水彩の重ね方みたいな部分での試作品ですね。透明水彩でも水性と耐水性がある。耐水性は乾燥すると上から何回重ねても元の色は混色しない。混色ありきで表現したいなら水性でいいし、水性は水性で独特の表現ができるが、薄い配色で顔のディテールや表情を出したい場合は耐水性の重ねが一番。何より、不透明水彩とは異なる透明感が出せるし、紙(ボード)の表面のマテリアルともマッチさせることができる。デジタルソフトで描くドローイングにはこれがないから嫌い。絵とはただソフトの白いシートに色を重ねるだけ。紙と筆の摩擦感や水に溶けた絵の具が乾燥するスピードや筆のタッチが残らない。突き詰めればそれらを疑似で残すことは可能なんだろうけど、そんなメンドクサイことは嫌い。紙と筆と絵の具と時間の中で絵を描くことが自然のような気がしますし、五感はそれらをしっかりと認知しているから「絵画」として成立するような気がするので、パソコンの絵は嫌いです。っても、仕事だから描きますが・・・。

不透明水彩の応用。

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 で、これも不透明水彩の応用ですね。これは下絵はなしでいきなり絵具で描いているパターン。普通の流れなら下絵を描き、デッサンを確保してから、着色となるのがスタンダードですが、これはいきなりボードに写真から転写しています。不透明水彩のマットな調子と顔の表情などを表現したい場合、どうしても、配色やデッサンが狂っているとそこには行けません。何事も基本が大切。よく学生さんやイラストレーターで自由にモチーフを決めて自由に絵具を使って、「これが私の世界観です。」というイラストレーションを拝見するが、それはそれで勿論、その人のスタイルなのでいいのですが、そこの世界だけで完結しているのと、基本や応用を会得した上で展開している絵とでは、明らかに伝えようとする力の点で前者は弱くなる。特に商業イラストを志す人ならば、いろいろなタッチでいろいろな画材が必要な場合がありますから、私の絵はこれだけです!ってのも「売り」として必要ですが、私はそれではつまらないと考えている。精密緻密な昆虫や植物も描くし、キャラ優先のイラストや抽象的な表現も描く。だから、「絵が好き」と「絵の仕事」の違いはそこにある。「絵」が好きな人はたくさんいるが、何かを伝える非言語手法としての「絵」をチョイスする場合に、画材や描画方法やタッチや世界観に固執するべきではないと考えている。

 で、基本はやはりデッサンなのだろう。デッサンのお話はとても長くなるのでまたいつか。

こんな絵も描くんだ!?

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 これはちょっと娘に色の塗り方を伝えるために引っ張り出してきた過去の私の作品です。不透明水彩には独特のマット感がある。しかし、下の色彩を消してしまうことが陰影やタッチを出す際にネックになる場合がある。重ねて質感を出したい場合は不透明水彩の色の調整が難しい。透明水彩なら重ねてタッチや質感を出せるのが一発で決めてしまわなければならない。これも試行錯誤の末ですが、不透明水彩は色を作っている行程とボードに描き乾燥した際の彩度や明度が異なるのでこの部分も想定して描く必要がある。しかし、時には想定外の配色やコントラストが出せる効果もあるから面白い。そのあたりが楽しめてくると不透明水彩絵具は楽しい。かなりデフォルメもしているのでこの絵はかなり楽しんだ形跡があり。恐らく20年以上前に描いた作品なんですね。へぇ、改めて、こんな絵も描くんだ!?みたいな。

サイボーグ003

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 これは映画のPRも見越したCM展開だろう。こういうスタイルで003を使うのは009ファンとしてちょっと止めて欲しい気もする。恐らく「サイボーグ009」は私の中での聖域である。スタイリッシュなCGで映画になることは心から嬉しいが「原作」や「テレビアニメ」のニュアンスから現代的なスタイルで展開されるのはとても素敵だけれど・・・みたいな感想ですね。この感覚は日本のアニメ文化の真骨頂の部分ですから、こんなファンが期待している映画ですから、古き良き「サイボーグ009」のテイストをしっかり反映させていただきたいと願うばかり。

限定・売り切り・手造り・希少価値。

 どうやらいろいろな情報を総合すると「限定」「売り切り」「手造り」「希少価値」のようなニュアンスが注目されているような雰囲気がある。そもそも本質的にこうなる背景にはガチの品質があるから結果こうなっているパターンなわけで、無理苦理このテイを演出しても本質・実態は伴わない。そんなに市場のニーズは甘くないだろう。逆に仮想的な概念的なブランド戦略や大量生産の廉価商品にそろそろ市場が飽きてきているのだろう。では国内の「made in japan商品」と海外ブランドの価値観の違いは上記のモノサシで捉えるとどっち?ってことになる。つまり、「欲しいモノ」の本質が多種多様になった上、情報の伝達経路が細分化されメディアに反応する比率がネットで下がったことから、ニーズのベクトルが分散している構図。逆の演出方法を戦略として捉えれば「希少価値」を演出するために絶対数の少ないレアでコアな商品開発にモードをスイッチングすればいいだけかとなるとそうでもない。そこには本当に価値のある創り手のモチベーションが確かに注がれていなければその商品は「その他大多数」となり情報の海の底に沈む。作意的に市場に開放された商品が本来の品質感や価値を認知され、口コミで広がるスピードでしっかり認知される経路こそがもっとも情報の伝達経路として有効な気がする。

 で、ビジネスモデル的にこの経路はいかがなものか?という皮算用のスイッチが入ると、効率や能率や回転率に気持ちを奪われてしまうが、ここでグッと我慢できるかがキモ。いい商品をお求めやすい価格でたくさんの人にの裏にある、ブランド戦略に乗っけて大量に消費させて儲けましょう的なベクトルには商品力が追随しないという現実問題のジレンマがよりリアルになったのだろう。大手がメディアやネットを操作・活用して認知された表面的な均一化された情報のすぐ下で無数の細胞分裂が起きている。それは、言わば、量子の世界観に酷似している。言わば、買う人も創る人も市場のニーズも重要と供給のバランスさえもミトコンドリア次第みたいな。

自分の弱点。

 「生きることがつらい人は人の強さや理想的な生き方という意味を勘違いしている。自分の弱さを出せるということが内面的強さを表していることなのである。弱点のないことが強い人ではなくて、弱点が出てもその場で心理的に混乱しないということが強い人である。生きることがつらい人は弱点がないことを理想の人として考えている。だから生きることがつらくなってしまう。生きることがつらい人は尊敬されたくて必死に努力をしているのであるが、どうなったら尊敬されるかということが分かっていない。だから努力が実らないのである。生きることがつらい人の願う理想の人を彼らが演じても、普通の人はその人を理想の人とは思わない。弱点を隠して理想の人を演じても人は親しみを感じない。そうではなく自分の弱点が出ても、心の動揺がない人を見て「強いな!」とか「素敵な人だな!」とか思うのである。生きることがつらい人の願う理想の人は心のない人である。心のふれあいのない人である。生きることがつらい人の願う理想の人はどこを切ってもその人らしさがない。その人固有のものがない。その点を勘違いしているから、必死で生きながらも実りのない人生になってしまう。だから「つらい、つらい」だけで人生が終わってしまう。生きることがつらい人の願う「理想の人」には心がないから、その人の周りに集まる人も皆心のない人である。心の酸欠状態である。酸欠状態だから何かわからないけど「苦しい、苦しい」状態が続く。しかし、そこまで酸欠で心が苦しくなっていても「理想の人」には心がないということが分からない。だから、自分の周囲にいる人にも心がないということが分からない。自分が自分とふれあっていないし、他人ともふれあっていない。多少オーバーに言えば生きることがつらい人の願う「理想の人」とは人間してきわめて不自然な人間である。心理的に健康な人であれば、誰でも「できればつきあいたくない人」である。弱点が出てしまってもそのことで、その人とつきあいたくないと普通の人は思わない。逆に言えば他人の弱点を、そのようにやさしさのない眼で見ているからこそ、自分の弱点を隠そうとしてエネルギーを使って消耗してしまうのである。」とある書籍のあとがきに書いてあった。

 弱点だらけで失敗だらけ、成功や達成感などはたして具体的にあっただろうか???という人生観の私は仮にも「失敗から何かを学ぶ」というテイではない。恐らく失敗から学んでいるのは失敗だから。そのことを常々モンモンと考えていたので、この書籍のあとがきはすっきりした気分になれた。総じて成功を「一番」とするならば、ほんとにほんとに私自身の人生の辞書にガチで「一番」「優勝」「ナンバー1」と文字が存在しない。普通の神経で努力している人間なら、目標に対して諦めの気持ちしか募らないだろう。しかし、失敗や弱点だらけの自分をよく知っているので、結果に期待はしない。すべて「たまたま」とジャマイカの人のように(ジャマイカの人に怒られるが、一人親しかった人はそんなタイプだった。)楽天的に失敗から失敗を学び、全てに総じて諦めていない。一生ナンバー2でもいいから、弱点大歓迎でアリだと思いますね。

 で、最近のfacebookとかSNSってそういう意味でどうでしょう?って感じ。いわゆる「理想の人」どうしの表面的なコメントが乱舞していないだろうか。それでもコミュニケーション時代だからやらないよりはやるが正解だろうが、どうせやるならもっといい意味でお互いの「傷」を舐め合ってもいいような気がしますね。理想ばかりステレオタイプに重ねても不思議なストレスばかりが蓄積するような。

トランキライザー

 最近読む書籍の中でその分野はそれぞれ異なるのですが、よく出てくる言葉がある。そのひとつに「トランキライザー」という言葉ある。これまであまりこの語彙が気になることはなかったのですが、最近はなんとなくひっかかりがある。これは精神安定剤のことで具体的にはうつ病や精神的に不安定な患者に対して処方される薬である。大きく2種類に分類することができてそれぞれにその効果が異なるらしい。まぁ、まだ、この薬を処方してもらったことがないのでこの薬がどのような効果があるかなど自覚した経験はないが、科学や心理学やビジネス書にもこの言葉がよく使われているのを考察すると、世の中は全体的に不安定なんだなと感じてしまう。

 さて、精神がなぜ不安定になるかという問いに対して、自分なりというか、持っている知識で分析すると、多かれ少なかれ生物学的なアプローチが正解のような気がするし、精神が宿る肉体の構造を知ることで心の不安定は規定できるという仮説の元に「トランキライザーとは?」みたいなアプローチが見えてくる。自分自身、精神が現段階では不安定になる自覚はないもののこのような世の中だから、どこかで何かをトリガーに崩れる可能性が100%ないとは言えない。仮にそれが崩れたとしてもそれを治癒する自己防衛の手法として精神の不安定な状態も想定内に入れておくぐらいの時代なのかもしれない。

 で、そもそも精神とは安定していないものなわけだから、無理に安定させようとすると逆に破綻するだろうし、適度な適正な「しろ」「余裕」「振幅」を想定して何事にも対処することでその不安定さを楽しむぐらいのテイでいたいもの。感情は押しこめず外に出した方がいいとも言うし、日本の国民性としてどうしてもクローズするタイプが相対的な割合を占めているとそこを軸にフラット化する。すると、世界水準で捉えた場合日本人のそれは絶対的に低い値となるだろう。なんでもかんでも無頓着に無神経にオープンな国民性がよしとはしないまでも、理想値は常に保持しながら、振り幅の中で試行錯誤できればそれでいいのかもしれない。そこで、イエローカードが出そうになった時に自分なりのトランキライザーを携帯していつでも服用できるよう。さてさて、それは自分自身にとって何だろう?ある意味「仕事」かもしれないし、「書籍」かもしれないし、身の回りの「コレクション」かもしれない。ただ、インターネットやSNSの仕組みの中には絶対に存在していない。

SUGARLESS GIRL


 これかなりいいですね。

コンテナ。

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 ある場所の隅っこに放置されていたコンテナ。なんとも雰囲気がありパチリ。と、最近、撮影しているモチーフがどうも妙な傾向にある。言わば「しょうもないモノ」が多い。それは撮影するほど価値があるのか?といつもちょっと気になっているが、何故かどこか気になるのだから仕方ない。その風景や対象を見て何を感じたから撮影したのか?はあまり関係ない感じ。すべてたまたまが多い。逆に何か写真を撮影するぞと山やびわ湖に行っても撮影したいカットにめぐり合うことはない。ここに何か一定のルールみたいなモノがあるのだが、それは自分自身でも不明。ただ、半日粘ってこんな夕景を撮影したいとか、この場所だけに咲く花をもとめて山を1日中歩くというこはしない。それが写真を楽しむ場合のテッパンなのだろうが。自分は写真家ではないし趣味が写真だというわけでもない。ましてカメラマンでもないので、「写真」に対するこだわりなどたぶん0以下のマイナスだろう。

 で、「写真」って何だろう?と考えてみると、時間を切り取っている訳で切り取っているのは時間といっしょにそれを撮影した時の自分の気持ちでもあるはず。ならば、「美しい」は最低限求めていないし、「感動的」な風景や情景も求めていないことになる。つまり、自分の時間というか自分の気持ちが決して「美しい」や「感動的」に向いていないことが自覚できるのが自分自身にとっての「写真」であるという定義になる。では、「自分の時間」というのは一体???となるが、別に「写真」でなくとも時間は刻印できるし、記憶のためのアーカイブだと捉えると、なんとなく気持ちとマッチする感覚もある。

 ではでは、この「コンテナ」と私の「記憶」の関連性はいかに?

ちょっと無理かな?

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 営業中に発見した岩山というか土の山。そばまで行って確認したが、これはちょっとロックではない。仮にロックだとしても装備がないから登れないが、これが、ヨセミテのようなロックだったら練習場にしたいものです。この半分土のような岩壁っぽい山でも、さて、登ろうかというテンションで見上げると圧倒されるんだから、ヨセミテのハーフドームなんて場所に立った日には興奮で2・3回昇天するだろう。さぁ、登るぞという段階に早くなりたいものです。下手すると命が危ない競技だけに万全で臨まなければいけないだろうし、ある意味、もしもの時のハラククリ感も必要だろうな。そんなことを考えてしまった場所でした。

気になるフレーズ。

 「イッポン」「テッペン」「カミワザ」「タテホコ」などなど、テレビの番組のタイトルにいろいろ気になるフレーズがある。いずれも番組のコンセプトを言い切った素晴らしいフレーズである。本当にテレビの番組の企画って大変だろうなぁ~と思います。だって次から次ですし、サイクルが短い上に競争率が半端ではないはず。で、テレビメディア独特の構造というかシステムがあるだろうし、課金システムや広告としての性質上、一番重要なスポンサーの顔色のジャッジも総合すると、テレビのプロデューサーってある意味神格化された存在ですね。決断力というか凄まじい瞬発力が必要だろうし、ポテンシャルについても相当数の持ち駒がなければその世界のサバイバルには勝てないだろう。どこかからスコープで狙われていることに怯えていてもプロジェクトは進行させなければならないし、消耗品と劣化品を見極め、ピースをはめ込むむ作業たるやまさに「カミワザ」なんでしょうね。いろいろなポイントポイントに地雷もあるでしょうしね・・・。

 しかし、気になるのは、国内で全てを完結させている部分ですね。これはつまり結局日本のスポンサーが深く関連しているからなのでしょうけれど、その枠は結果展開力を失速させているのに、お金を出している人がいつの時代も強いというパワバラなんでしょうね。外国人との他流試合は苦手なのかな。そんなピリピリした世界で常に敏感にアンテナを張り巡らせネットリテラシーを活用しネットワークを駆使している人ってもうビジネスレベルでは取り組んでいないだろうなぁ・・・。そこはもういいから、俺はやりたいことをやる。お金を残すよりも名前を残しながら数字(視聴率)を残すぞ!みたいなモチベーションなんでしょうね。テレビ人間が次のメディアワールドにダイブする時、その決め手はなんなのだろう???

映画「サンクタム」。

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 昨晩新作映画DVD「サンクタム」を観た。キャメロンの新作である。「アバター」から一転して舞台は地中へ。実話からの映画化ということで実に見事にアバター路線をいい感じで裏切っている。「アバター」の余韻と「サンクタム」の余韻で言えば圧倒的に後者。結局、仮想空間のイマジネーションの世界でいくら技術的な迫力と繊細さを見せつけられても3Dごときの表面的な錯覚で引き付けようとも、映画の物語に質量がないと余韻値は低い。ってことでとても良かったですね「サンクタム」。ベッソンが「グランブルー」を創りたかったように、キャメロンは「サンクタム」を創ったみたいなことかなと、自由自在な素人映画評論を展開して、ひとり納得しています。で、フィンチャーのミレニアム「ドラゴンタトゥーの女」ですが、ここはどうかな?書店で原作を発見したが、チラミすることも封印してしまった。レンタル開始まで温めたい作品ですね。

 息子が言う。「ただの岩だろう!」 親父が答える「ここにいると自分が自分でいられる。」みたいなニュアンス。いやいや、本丸ですね。

動的平衡2

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 ということで「2」である。「1」から「2」へこれほど期待している書籍はそうそうめぐり合うことは稀有である。類まれなるこの書籍のこの展開。この出会いはかなり凄まじい。1から2にかけてここまで埋蔵物の真価のルートが明確でその埋蔵量たるや想定以上である。今でも「1」に記述されていたことがあらゆる日常の場面でフラッシュバックするし、自分自身の思考のルートに淀みがなくなったことが、福岡ハカセが言っておられた「淀み」とも「渦」ともシンクロしている感覚がいやはや・・・である。原論は海外のようですが、なになに福岡ハカセの切り口は秀逸至極。養老さんが「馬鹿の壁」で構築した城壁を一気に飛び越えた感覚。いずれも生物学的なアプローチとミクロな分析がベースになり、しかも、世界の研究論文から歴史のルーツにまでその軸はかなり太い。この軸、モノホンだと直感で感じます。

 「デカルトの罪」か・・・。なるほどね。

ワンランクアップを目指す!?

 「経験を積んだビジネスパーソンが実力も年収もワンランクアップを目指して注目し始めるのが、中小企業診断士や社会保険労務士などの資格取得。それらの資格試験は夏から秋にかけての開催が多く、本気で取得を目指すなら、今の時期から勉強を始めることが大事です。今回は、30代以降のキャリアアップを考えている方が注目している人気の資格をランキング形式で発表!このメールを読めば、今狙うべき資格がすぐにわかります。」というメルマガが届いた。ビジネスパーソンか。これはどういう意味で捉えればいいのか?ワンランクアップとは絶対値的にどの程度からどの程度なら「ワンランクアップ」となるのだろうか?自分自身の目的意識と社会構造・経済構造をいったい何をモノサシに思考し行動すればどれぐらいのタイミングでワンランクアップが実現するのだろうか?「実力」と「年収」が最も分かりやすい指標だろうが、社会構造はそんなに単純ではない。「中小企業診断士や社会保険労務士などの資格取得」には全く興味がないが、これらの資格を持っている人が社会や経済や企業活動にどう有益・有効なのかについてのディテールがあれば、自分自身の座標と比較検証することができるだろう。それは、「実力」の部分の中心にある本丸の部分。一体何を診断しているのだろう?この場合普通の解答は必要ない。欲しいのはあくまでもディテール。

 数多のNPOやボランティア活動が百花繚乱であるが、これらの本質から具体的なリアルな企業活動へ座標を展開すると、どこが0座標なんだろう?「お金儲け」と「道楽」の間をこの天秤がゆらゆらしているなら、両者を自分自身の座標に分布させる必要がある。これが言わば「実力」で括れるのかもしれない。つかみどころのない団体や組織が実に多い。まぁ、これも文化や経済の一旦を担っているとしたら意義ありだが、あまりにも甘い考えの道楽には一線を引きたい気持ちは強い。何しろ貴重な時間を浪費してワンランクダウンはしたくないですし。


京都にて。

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 昨日は京都で打ち合わせでした。その足で大学様へ行き、その流れで温泉施設にての打ち合わせ。結果、会社に戻ったのは午後9時。といういつもの感じです。この写真は京都駅周辺で登山グッズというかボルダリング・ロッククライミンググッズを物色していた時に発見した京都駅ビルの階段。寒い日だったので京都駅周辺とは言え人は少なかったですね。しかし、駅前のバスターミナルはいっぱいの人でした。この季節でもこの人の密度はさすが京都。こんな時代ですから、いろいろアンテナをはりめぐらせながらの実際の動きとなるわけですが、的確に動けているのか、適正に思考できているのか、いつもいつもの試行錯誤。でも、いくらネット全盛とは言え、PCの前にいるだけで、案件が生まれ、仕事が進み、全てが完結するわけもなく、やはり、動いて、考えて、創るというループのクオリティーを上げるしか方法はないような。適正なベクトルを維持しながら、どこかでステップアップするという余力も必要。そのためには、何はともあれ心も身体も健康であることが必要不可欠。どんな時でも美しい風景を美しいと思える心でありたいですね。って、この階段が美しいは個人差がありますが・・・。

うずまきか・・・。

 福岡先生の「動的平衡」は素晴らしかった。いやはや、しかし、「うずまき」か・・・。なるほどなるほど、そうきてこうきてこう落ちるのか?サスティナブルって感じなのですね。さてさて、次は「2」だ。

自分のアタマで考えているか?

 「知識にだまされない思考の技術」ということで自分のアタマで考えよう!というテイの書籍がある。どんな場面でも通用する「思考のワザ」教えます!ということです。一方で最近の新聞折り込みにも書店で書籍を購入したら「YOU CAN」の申し込みはがき付のチラシが乱舞している。その中には人気の「医療事務」から「話し方」「美しいボールペン字」「かわいいイラスト」までが百花繚乱である。自分のアタマで考えるアプローチと免許や資格を取得して単価の高い人間になろう!とではいったいどちらがどれほどののびしろがあるのだろう?どんなビジネスの場面にも「思考力」というテンプレートが適用されているが、逆に一般社会から義務教育世代の学生諸子にしてみればこの世の中の動きはどう映っているのだろう。今からそんなに勉強しなくとも、社会に出たら出たらで「思考力」とか「免許・資格」とかとればこの社会は乗り切れるだろうと映るのか、昔ながらのルールを基にやはりルーティーンに沿って勉強漬けでいいと感じるのか?地頭の強い人は仮に前者でも後者でも結果を出しているだろうし、現在、どんな立場にいようが自分自身を卑下せず鼓舞するノウハウと回りを巻き込む術を会得しているのだろう。では、究極の選択として、どちらが正しいではなく、やはり、ここにも「動的平衡」が機能していそうですね。

 いやいや、そもそも「自分のアタマ」ってどこを指す?あたりを規定し、射程圏内に入れておかないと。

まずはここまで。

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 まずはここまで仕上げまして、

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 こうなります。

営業マンは「お願い」するな!

 サンマーク出版からの一冊。加賀田晃さんという著者である。そのタイトルが「営業マンは「お願い」するな!」ということ。「のべ800社を越える、3万人以上の営業マンに伝授した「買ってもらう」から「売ってあげる」営業マンに変身する方法!」ということである。「契約率99%の「営業の神様」が伝授する、営業の真髄。」ってことだからその広告文に列挙された30個のお品書きについてひとつひとつ考察したい。

1.営業マンの運命を分けるのは「考え方」である。
>まぁ、このあたりは当然でしょうし、「考え方」も十人十色ですし、可もなく不可もない導入ですね。

2.何も売らずに帰ることこそ無礼千万と思え
>なかなか、こうは考えにくいですね。そもそも「無礼千万」ってどこが軸足?

3.お客に納得してもらう必要はない
>営業マンだって、1周回ってお客だった過程があるわけで、やはり、必要はあるでしょう。

4.売れない営業マンほど商品説明が長い
>それは結果論ですね。何を指して「商品説明」としているかについても一概にこうは言及しにくいんじゃないかと思いますが・・・。

5.インターフォンは壊れていると思いなさい
>で、インターフォンで何をするのか?

6.買うことを前提に、二者択一で誘導せよ
>まず、買うこと前提にって、無礼千万ではないのか?

7.アプローチで絶対に断らせないトーク術
>この書籍は買わないので、この件はお蔵入り。

8.人はみな”重要感”に飢えている
>というより、価値感の共有でしょうね。

9.見るもの、聞くもの、ふれるもの、すべて利用すべし
>当然。

10.人間の「服従快感」を刺激して抵抗力をなくせ
>人間の深層心理における意識と無意識のお話!?それとも交換神経と副交感神経のお話!?心になる8つ門と7つの煩悩と5つの感覚を「服従」というテイで刺激するとは?それって、結果、抵抗力をなくしている人にってことは、砂漠で水に飢えている人に水筒を渡すみたいな・・・!?それは正確には服従快感かな?これも迷宮入り。

11.ほめるよりも「質問」しなさい
>確かに。

12.手相・人相でお客との距離を一気に縮める
>できる営業マンっていろいろ才能が必要なんですね。

13.お客に”喜びと恐怖”を与えるトーク術
>これも迷宮入り。アメムチ理論のようですね。

14.プラスとマイナスでストーリーをつくる
>イケてる営業マンは物語も作るんだ!?

15.必要性を話すまでカタログは出さない
>なるほど。

16.事実ではなく「意味」を説明せよ
>一旦、紹介してくださいってことですね。

17.「いかがでしょう?」とは絶対に言うな!
>確かに!でも、人間と人間のコミュニケーションですからたまにはいいと思いますが。

18.クロージングは「加賀田式」の最終兵器
>迷宮入りアイテム。

19.「興奮が足りなかった」100%の神話のストップ
>???

20.いまでも覚えている「完全無欠」の抵抗
>コロシアムで戦ったのだろうか?

21.サービス品はここぞの場面で使え
>この「ここぞ」が一番難しいのですよね。

22.イエス・パッド方式で話すと一気に抵抗力を切り崩せる
>???

23.商品のマイナスは伝えるべきか否か
>TPOでいいのではないでしょうか?

24.「失礼ですが」と一言添えるだけで、お客の反応は180度変わる
>そうかな?

25.相手を意のままにあやつる極意とは?
>そんなのは思いこみですね。逆に操られているのでは?

26.人間は自分がいちばん大事、しかもものごとには順番がある
>その真理は口外しない方がいいのではないかな。一番何が大事かなんて最も基本の基本。

27.「当然意識」を会得した者がスーパースターになれる
>誰しもスーパースターになりたいのかな?

28.品よく、さりげなく断定すれば相手は「暗示」にかかる
>これも先入観ですね。これらのことはたぶんイタチに聞けばいいだろう。

29.あきらめるのは、あきらめないと決めていないから
>でしょうね。

30.モノを売るのはすべて相手の幸福のため
>なかなか、これは言えそうで言えませんね。これを言ったことで逆に多くのリスクが存在しますが、それも踏まえてあらゆる先手を打っているなら、何手も先を読めているなら、それはそれで正解でしょう。しかし、世の中の価値観は想定外ばかり。そこに対して「すべての相手」と言ってしまうと、墓穴を掘ることになるかもしれませんね。策士は策に溺れてホントの策を知るみたいな。

 この書籍は買いませんが、ちょっと、ツッコミたくなった一冊でした。

「欲望を生み出す社会」について。

 スーザン・ストラッサー著の「欲望を生み出す社会」という書籍の説明について。「米国でどのように大衆消費社会が生成、発展してきたかを丹念な史実の収集を基に解説する。従来のこうした研究は第2次世界大戦の1945年からの高度成長を基点とするケースが多いが、本書は1880年頃から1920年代までの生産・消費活動が大衆消費社会を生み出したと指摘する。この時代に日用品のP&G、加工食品ハインツ、カミソリのジレットなどが大量生産体制の基礎を築き、商標、ブランドを押し出して生活者の中へ浸透していった。それまで市場に出回っていない商品であるために広告・宣伝によって消費者に理解させる必要があった。大量消費をさせるため、商品を使い続けるよう消費者を啓蒙する面もあった。簡便さ、先進性などが消費者に評価させると新製品による習慣化が始まり、ライフスタイルが変わる。大手流通事業による多店舗化、今のネット通販につながるカタログ通販などの販路が誕生したのもこの時期だった。欲望は時代や社会的な文脈によって変わり続ける。今では人々はもやは消費するだけでは満足せず、地球環境に配慮した商品を受け入れていることで明らかだ。私的であるはずの消費が公的な意味合いを持つようになってきた。政治がそのことの気付き、欲望に対応できる政策を立案する新たな議論の場を設けるべきだとの著者の訴えは今も有効だ。」この文脈のポイントは「消費するだけでは満足せず、」の部分だろう。流通やメディアの仕組みが変容する理由はそこにあると共に、モノゴトが変容する場合、人間はそこにどうしても背景や意味や意義を設定しようとするが、そもそも進化の過程でこれらは完全に後付け。変容のプロセスでそれは同期しているよりも少し遅いタイミングで訪れる。それに対して、いくら議論・協議してもそのスピードが世の中の流れに同期はしにくいから、後手後手になる仕組み。ひとつ結論が出た段階で、モノゴトの座標はすでに2歩も3歩も前に変容しているみたいな。これが実は「欲望」の仕組みなので、この書籍が1880年代からの「それ」をどう分析してどう考察して、さらにどこまでの予見をしているかに興味がある。しかし、どれだけリアルな史実を収集してもそれらは絶対的に2歩3歩前のことになるから、あとは、この著者のイマジネーションと仮説力が勝負。

 で、そもそも「欲望を生み出す社会」としているのならば、まず、「社会」をしっかりと定義・規定しなければいけないあたりと伝えたい部分の、全体的な書籍としてのバランスはいかに???まぁ、書店でこの書籍を発見するタイミングがあれば、チラミする程度の自己ランキングですね。

ゼニガメ¥980。

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 こいつら1匹で¥980。娘がこのタイミングでカメが欲しいと言いだした。恐らく、金魚や熱帯魚は水槽の掃除や水温の管理が大変だから、ハムスターや小鳥も餌や掃除が大変だから、猫はちょっと大きい買い物だし、イグアナはちょっと無理がある。ってことで、自分の身の丈に合ったペットは?ということで、たぶん「亀」をセレクトしたんだろう。まぁ、私も亀は嫌いではないし、可愛いと思うので、1匹だと可愛そうな感じがするのでペアでこいつらを飼ってみようかなと思っております。ということでまずは彦根のお店でチェック。

 で、その彦根のペットショップコーナーのお姉さんがとても親切だった。「亀って飼うのは難しいですかね?」と質問すると、そこからほぼ5分程度。みっちりと亀の飼い方をレクチャーしてくださった。そうかそうか、25cmまで大きくなるのか・・・、餌はそんな感じでいいのか・・・、結構タフなんですね・・・という感じ。そして、長浜のお店にチェックしに行く。ペットコーナーに行くとたくさんの水槽が並んでいる。金魚や熱帯魚はいるようだが、亀はいない。結構うろうろしたがいない。で、ペットコーナーで店員のお姉さんを発見。他のお客様に子犬のゲージの説明をしておられる。ざっと探したのですが、このお店には亀はいないようだったのでそれだけを確認・質問しようと思いそのそばで待っていた。

 しかし、同じペットショップの店員さんでこうも違うのか・・・、いずれ(彦根と長浜)も、確かに獣医ではないし、個人のペットショップの店長でもないので、そんな的確な説明を頂けるとはこちらも想定はしていないが、何分、彦根のお姉さんがとてもエキスパートな返答だったので、同じようなテイを期待したのが間違いだった。これほどお店によってはポテンシャルが違うのだ。でも、まぁ、それは仕方ないかという残念なコメントを頂くことになった。他に目的があったので、別段、そのコメントについて掘り下げることはせずに「はぁ、そうですか、ありがとうございました。」とその場をあとにした。

 しかし、しかし、仮にもお客様にそんなドテンネンなコメントあるかな?瞬時にツッコミたくなった気持ちと笑いがこみあげてきたが、その場面では普通にスルーして、少しそのコーナーから離れたところで、心の中で比較的大きめに「なんでやねん!」とツッコンでおいた。

 そのコメントとは。私は状況を判断してこう聞いた。「このお店には亀はいないんですよね?」。で、その女性店員さんのコメントは、それも、普通の顔で、別段、ひねっています的な狙いもなく、こんなレスポンスだった。「はい、生きているのは・・・。」

 ???、死んでいる「亀」はいるのか?「亀」以外にどんな「カメ」があるのか?前はいたが今現在は「生きている亀」はいないだけ?あれ?何か私の質問に不備があったのか?・・・なんでやねん!

美味そう美味そう!

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 1月の下旬頃から3月まで週末に企画されている「地酒電車」の中で出されるお弁当の撮影に彦根ビバシティまで行ってきました。滋賀近江の特産品をふんだんに使ったボリューム満点のお弁当。地酒を飲みながらこのお弁当におでんも出るという企画。楽しみです。いろいろなオンランショップの企画に携わらせていただいているが、「お酒」というコンテンツは日本国内に限らず全世界共通のアイテム。自分自身が三度の御飯よりお酒が好きというタイプではないので「飲む」「自分が楽しむ」という視点では結構スルー気味でしたが、改めて、どこか県外に出向く時はお土産に地酒は持っていくし、たくさんの人が集まった席ではやはりなくてはならないもの。ちょっと、ええ歳になってきたのだから、たしなむ程度でもいいので「お酒」を楽しむこともちょっと積極的になりたいもの。日本酒と和風料理って確かに合いますものね。

EDIUS NEO3というエンジン。

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 まずは、使ってみましょう何事も。そこからスタート。また、A.E.やPRにはない機能的なのびしろもあるだろうし、専用ノンリニア編集エンジンってことですから、専用のプラグインやモジュールとの連携も深いはず。これをゴリゴリ使えるようになったらまた上位にアップグレードすればいいってこと。まずはこれで試作(パイロット版)創りを展開していこうと思っております。

 広告の分野でもデザインの分野でもWEBの分野でも差別化したり印象深いコンテンツを構想する時、そこに必ず「映像表現」が鎮座している。まぁ、ビジネスモデル自体が微弱な場合は何をどうしても展開力は見込めないが、ガチのコンテンツや既存のメディアとの連携や独自メディアの展開をコンテンツ化する時に必ず「映像表現」は必須アイテム。すでにある環境とソフトでソコソコはできるものの、やはり、その分野で確立している進化してきたツールってのは奥が深いのが常。これでゴソゴソやってみようと思っております。テーマ(題目)が何であれ「物語」を構想するのはかなり楽しい。これもデザイン思考の発展形なのでしょうね、この時代。

「1分間英語勉強法」の仕組み。

 「1分間で英語がマスターできた!」「ベストセラー100万部突破!」「本当に頭がよくなる1分間英語勉強法」という書籍があるらしい。まずこのテイの書籍は買わないが、広告の文脈としての体験者の声、続々!ということで多くの文字が列挙されている。それは「潜在意識から切り替えて英語を学ぶこの方法は最強・最速です!!」「何をやればいいかが明確にわかるため、迷いなくすぐにできる」「一連の流れで、どんなふうに英語を勉強すればいいかがわかりました」「これなら誰でも、すぐに取りかかることができますね」「もっと早く、大学受験のときに知っておきたかったですね」「これなら私も、今度のTOEICに自信をもって臨めます」「最初は半信半疑でしたが、英語の勉強に関する疑問がすべて解決しました」「現在、大学受験中ですが、英熟語がとても大事だということがわかりました」「成績を上げるための行動指針までが示されていて、とてもわかりやすい!」「順番がいかに重要であるか。この方法は、今後も役に立ちそうです」「徹底して時間を短縮する考え方がすばらしい!」「英語に対する苦手意識がなくりました」「学んだことを行動に移して、夢をかなえます」「まずは今月から3ヶ月やってみます!」「勉強法を学ぶと、頭の中が整理されますね」「英語に対する見方が変わりました」「他の勉強にも応用できる内容ですね」「最短で合格できる、英語の勉強法です」「この考え方を仕事にも応用していきたいです」「試験当日に役立つことばかりで、モチベーションが上がりました」「この方法なら最強だ!と素直に感じました」「TOEIC受験を控えて焦っていましたが、これを機に勉強を始めます」「勉強するときに、自分がいかに無駄なことをしていたかを知りました」「同時に4色の蛍光ペンも一緒に手に入れておくことをオススメします!」「何度も挫折した英語を、また学ぶきっかけになりました」「成功までの戦略やステップが、すべて詰まった勝てる英語勉強法です」「最初は困惑しましたが、すごく論理的なので納得しました」「時間の無駄が多い自分の生活習慣にも、参考になることがたくさんありました」「常識だと思っていた勉強法が、すべて間違いだと知りました」「正しい方法で勉強すれば、私にもできると、希望が持てました」「細かい工夫がちりばめられていることに感謝!」「他の勉強にも、十分応用できる内容でした」「学生のときにマスターしていれば、英語が好きなれたと思います」「ちょっと不安でしたが、実際には誰にでもマスターできる方法ですね」「もう一度、学生時代からやり直してみたくなる、わくわくする勉強法でした」「受験生だけでなく、社会人の英語学習にもとても役立つ方法ですね」「限られた時間の中で結果を出すための英語勉強法!」「目からウロコの内容に感動しました」「英語に挫折した私ですが、もう一度やり直せます」とコピーライターの人お疲れ様でしたという感じ。

 で、一番、得したのは「4色の蛍光ペンのメーカーさん」だろう。

 そもそ、「英語」と「勉強」の相関性に着目している段階でNG。決して100万人を敵にしたいわけではないが、1分間は長いようで短し、短いようで長い。そもそも「本当に頭がよくなる」ということに対して自分なりの仮説や定義がなければ、ただの「鵜呑み」という錯覚。さてさて、¥1,470がアユなのか否か。

 ただ、適度なバイアスやリミッターやステレオタイプな感じを楽しみたいなら、そして、それを勉強法だと誤認識したいならこのテイはとても有効だろう。そもそも勉強法について自分のスタイルを確立している人やその勉強法で人生を切り開いて来た人ならここでこのタイプのつまみ食いはしないはず。(意地でもしないはず。)逆にこれが100万部も売れているリアルが実は一番驚愕かもしれません。「英語」ってしておけば誰でも喰いつくだろう・・・みたいなことがまず緩い。なんでこのテイの書籍で「理科」や「国語」ではないのだろう。「1分間理科勉強法」とか「1分間図工勉強法」とかの方がオモロイはず。

 皆さん、自分のタイミングで「I LOVE YOU.」を言いたいのだろう・・・。

「ドラゴンタトゥーの女」か・・・。

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 「衝撃の世界的ベストセラー3部作完全映画化!」ってどういうこと?「原題」は?、で、どういう物語なのか?タイトルとD.フィンチャーが監督だということぐらいしか情報はリサーチしていない。けれど、この映画は観る。「少女失踪から40年、二人が突き止めた身も凍る真実とは?」って?SNSの後にこれってことはかなり挑戦しているってことかな?龍年にかけて「ドラゴン」なのかな?たくさんの「?」が散りばめられている。公開前のPRってこういう感じが楽しめますね。これが本当のワクワクドキドキですね。フラットなミニマムな情報からユーザーのイマジネーションが膨らみ、それを越えるクリエイターという構図。裏切られれば次はないし、期待を越えれば次に繋がる。全てがこの連続性で成立しているのです。

 で、最初に裏切ったのは創り手か観る側か?発信者か受信者か?みたいなことでしょうね。

「ジェノサイド」という挑戦。

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 で、2冊目はこれ。ずっとずっとチェックしていたが、なんとなく決め手ではなかった。確かにこの挑戦は気になっていたし、そこまで言うなら買いましょうか・・・とならなかっただけのへそまがりが、何故、購入したかのかとなると、その理由は明確ではないのが正直な部分。ただただ昨日は気分でということだけになる。そこまでチェックしていたのに買わずに保留していたのに・・・。かれこれこの作品は、半年以上知ってから放置していたが、別段、機が熟したわけでもないし、お金が余っていたわけでもない。でも、なんとなく新年になり気分が「読みたいなぁー」になったというか。でも、この気分が書籍を読む時にとても大切でもある。

 例えば、ジョブスの書籍はボロボロ出ているが絶対に読むつもりはないし、ベストセラーってことでも、よほどテイストとタイミングが合わないと買わない。この天の邪鬼ユーザーが「ジェノサイド」を購入した理由をは実は定かではなかった。でも、それは、1ページだけ読んでなんとなく決め手の入口が見えたような気がした。しかし、あの「パラサイトイブ」でさえ最後の最後では広げたふろしきでキレイにオチを包むことができなかったし、「容疑者Xの・・・」にしても後味はと言えば、決して上質だったとは言い難い。だから、最後の1行までこの一冊もいい意味の緊張感を持って読み進めたいですね。

今年の1冊目「動的平衡」。

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 書店でチラミしている段階では知らなかったのですが、購入して、スペックを読んでいたら、過去にこの著者の方の書籍を何冊か読んでいました。全くそういうテイで買ったつもりではなかったので、ちょっとビックリ。つーか、結局いろいろ読んでいるつもりでもいくつかのパターンの中で書籍をチョイスしているのかなと変な気分。小説以外はあまり同じ著者の書籍を入手することが少ないので、この前読んだ書籍の感じとちょっと比較しながら今回のテーマ「動的平衡」を解読しています。これもまた書籍の楽しい読み方のひとつかなと。

 で、「動的平衡」について、ざっとどんな感じなのかピンと来る人来ない人が在ると思いますが、私はこの書籍を手に取るまでこの「動的平衡」という語彙は知りませんでした。だから、著者のことは覚えていない、書籍のタイトル「動的平衡」についても予備知識はない状態で、手にして、目次を読んで購入といういつものパターン。で、15%程読んだ段階で、これはなかなか新年から縁起のいい一冊という確証を得ています。間違いのない2012年の1冊目ということでした。だから、ワンパターンも悪くないかなと。

本格的に雪。

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 朝から本格的な雪。この感じでは相当積もるかな・・・と思いきや、昼過ぎには止みました。今回の寒気団はさほど・・・なので、心配はしていないですが、朝からシンシンと来られるとちょっと「いよいよ来たか」と思ってしまいます。今年は全国的に12月の雪は多かったらしいですから、本日から営業開始ってことで外に出る時は注意注意。新車でいきなりガツンなんてことにならぬよう慎重に慎重に。年末年始もほとんど会社にいたのですが、国道を救急車や消防車が走るたびにビクン!としてしまいます。昨年は町内で大きな火事がありましたし、あれは絶対に嫌だ。交通事故もなんかフワフワしている時にガツンとやってきます。なかなかいつもいつも適正な緊張感で運転って難しい。難しいですが、そこは大事にならぬようならぬよう。

「17歳のカルテ(Girl, interrupted)」

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 この映画(DVD)はずっと封印していた。実はこのように間違いなく観たいのですが、観ていない映画がいくつかある。なんでそんなことをするのか自分自身でも確証がないのですが、この映画をまだ観るタイミングではないかなと思える映画。勿論、「17歳のカルテ」も1999年の映画ですが、映画館では観ていない。これを知ったのはそれからすぐだったが、それでも、レンタルすることはなかった。で、今年の4月ぐらいにこのDVDを買った。買ったが昨晩まで封印しておいた。うーん、良かった。こんな映画だろう、こんなシーンだろう、こんなニュアンスだろうという部分がピタッとしっくりくる感じに大満足でした。いい映画はこれだなんて大それた法則もルールも理論も持っているわけではないが、なんというか、しんしんと重ねられるシーンとシーンの隙間に詰まった質量と密度。始まって引き込まれる感じや登場人物のそれに感情移入できる感じが、やっぱいい映画はこれだなぁーという余韻にまだ浸っています。

 いやいや、この二人はやっぱいいわ。なんか、秘伝の秘蔵の絵巻物をひも解いた感じです。

ゆったりと2012年が。

 新年になると若い頃なら「よし!やったるで!」とか「今年こそはこれとあれとをガチでやるぞ!」的に意気込んでいたが、年齢を重ねる毎によりまったりとゆったりとした新年を迎えるようになってきているぞ。これっていわゆるひとつの「老化」なのか「熟成」なのか?まぁ、そんなこともどうでもいいぐらいに、もともとマイペースだった人間により磨きが結果かかってきたような。ある意味「自分勝手」、ある意味「粘り強い人」みたいな。年末から年始にかけて読んだ本の中のキーワードについていくつか抜粋すると、自分自信が結構気にしている、弱点というかコンプレックスみたいな部分って、他人はあまりそれほど気にしていない。気にしているのは結構自分だけでそれを隠そうとするからコミュニケーションがぎこちなくなるぞ!という言葉が気になっている。確かに、そういう部分はとても自覚できるできる。人間っていい部分とか悪い部分とかって考えた段階で、あまりいい部分ってなく、自分自身が悪い部分のカタマリのように思えてそれを隠すエネルギーだけで精一杯。一歩踏み出す前にあの体裁てとこの体裁をしっかり整えて身だしなみの部分でマナーの部分でセオリーの部分で整えてからなどと準備している内に大きなチャンスを逃す・・・みたいな。だから、これもある書籍の中の言葉ですが、「まず、失敗が全ての入口だと思って、とにかく、前に出ろ!」という言葉が、この「弱点の隠ぺい」と微妙にリンクしてくる。そもそも準備って何?ってことで、いいも悪いも自分で決めているからそれが結果、「いいこと、悪いこと。」になっているだけ。全てのモノゴトを必然だとどうしても捉えたい人間の本能のような部分が、結果、自分自身を狭いケイジの中に押し込めている。それが「個性」だとする教育や経済の在り方がそもそも・・・みたいな。SUPERFLYさんの楽曲の中に「掴みたいモノがあるなら自分の手を汚せ!」というフレーズがあるが正にその通りで。親鳥が餌を持って来てくれるのを安全な巣の中で待っているのではなく、飛べるなら自分で餌を取りに動けってこと。まだまだこの翼では空は飛べませんってことなら、飛べるようになるまで自分を創り込もうよってこと。

 さて、ゆったりとした2012年のスタートでしたが、昨日の新聞に書いてあったフレーズを少し抜粋します。カリフォルニア大学の名誉教授の言葉。「スマートフォン(高機能携帯電話)の急速な普及などIT(情報技術)が社会の姿や企業の経営を変えています。ITの発展は情報伝達の在り方を大きく変えた。企業の製品・サービス開発ではクラウドコンピューティングの普及が大きな商機を生みだした。ベンチャー企業も巨額投資をせずに、大企業と同様に最新のソフトを機動的に利用できるようになった。日本企業は世界のIT市場で存在感が薄く、製造業も円高で苦戦しています。日本は強みであるモノ作りにこだわるあまり、世界の潮流を見失っていないか。官民問わず、あらゆる分野、業界でITは組織や業務の在り方、スピードを変革する原動力になっている。」と。そして、日本企業のIT活用での課題は?というライターの質問には「人材育成だ。日本は世界に通用するIT技術者の層が薄く、経営者の理解も欠けているいるようだ。韓国も同じ問題を抱えてきたが変化が出てきた。」と。そして、「日本企業ではソフト開発部門や技術者への評価が相対的に低く、IT企業は下請けのように扱われている。特徴的な製品・サービスを生み出し、顧客満足を高めるソフトウエア開発を自前で育成して社内に持つべきだ。ベンチャー軽視も改める必要がある。優秀な人材が大企業への就職を選ぶのは、企業で得られる利益が少ないからだ。正当に評価されれば、有力企業が生まれ技術も人材も育つ。今の日本企業や日本人は課題として口にするが、切迫感が薄い。豊かになったせいだろうか。韓国や中国の企業は急速に力を付けているが、健全な危機意識をもって迅速に変革できれば、日本企業は十分に競争できる。ITはその重要な武器になる。」と締めくくっている。場所はシリコンバレーで・・・とのこと。

 全く、新年早々、シリコンバレーで名誉教授が好きなことを言っている。ITは確かに最新のよく切れる包丁かもしれないが、ITが優良な食材だとは思えない。クラウドについても決してパンドラボックスだとは思えない。ツールはツール。変革の可能性を実態ある質量ある存在感あるモノと安易に置き換えることの方が危険。というか、本末転倒だろう。まぁ、本末転倒っていう言葉は日本語なので、すでに、大きな括りの中での概念かもしれないが、この記事のテイで決して根底にあるモノが揺らぐことはない。逆にこの記事を読んで崇高なメディアに両手を合わせている人間なら、よし!我が社も今年はITを活用して売上を!って感じになるのだろう。つまり、新聞に印刷された文字の裏に存在する、言わば、文字と文字、行と行の間にある意味も捉えてこそ、「ITはなんぼ」だろう。

 冒頭の「スマートフォン」=「多機能」ってあたりから実は緩い。なんでもかんでも1台だけ握りしめてツールです!ってわけないじゃん!それは最初にインベーダーゲームをした人のコメントレベルでしょう。まして、SNSも進化進化で目まぐるしいが結構冷静になって考えればメンドクサイ。もっと、世の中のスピードばかり意識し過ぎずに自分の鼓動のスピードでパラレルに行きたいものです。時に量子論のように、時に相対性理論のように。