「欲望を生み出す社会」について。

 スーザン・ストラッサー著の「欲望を生み出す社会」という書籍の説明について。「米国でどのように大衆消費社会が生成、発展してきたかを丹念な史実の収集を基に解説する。従来のこうした研究は第2次世界大戦の1945年からの高度成長を基点とするケースが多いが、本書は1880年頃から1920年代までの生産・消費活動が大衆消費社会を生み出したと指摘する。この時代に日用品のP&G、加工食品ハインツ、カミソリのジレットなどが大量生産体制の基礎を築き、商標、ブランドを押し出して生活者の中へ浸透していった。それまで市場に出回っていない商品であるために広告・宣伝によって消費者に理解させる必要があった。大量消費をさせるため、商品を使い続けるよう消費者を啓蒙する面もあった。簡便さ、先進性などが消費者に評価させると新製品による習慣化が始まり、ライフスタイルが変わる。大手流通事業による多店舗化、今のネット通販につながるカタログ通販などの販路が誕生したのもこの時期だった。欲望は時代や社会的な文脈によって変わり続ける。今では人々はもやは消費するだけでは満足せず、地球環境に配慮した商品を受け入れていることで明らかだ。私的であるはずの消費が公的な意味合いを持つようになってきた。政治がそのことの気付き、欲望に対応できる政策を立案する新たな議論の場を設けるべきだとの著者の訴えは今も有効だ。」この文脈のポイントは「消費するだけでは満足せず、」の部分だろう。流通やメディアの仕組みが変容する理由はそこにあると共に、モノゴトが変容する場合、人間はそこにどうしても背景や意味や意義を設定しようとするが、そもそも進化の過程でこれらは完全に後付け。変容のプロセスでそれは同期しているよりも少し遅いタイミングで訪れる。それに対して、いくら議論・協議してもそのスピードが世の中の流れに同期はしにくいから、後手後手になる仕組み。ひとつ結論が出た段階で、モノゴトの座標はすでに2歩も3歩も前に変容しているみたいな。これが実は「欲望」の仕組みなので、この書籍が1880年代からの「それ」をどう分析してどう考察して、さらにどこまでの予見をしているかに興味がある。しかし、どれだけリアルな史実を収集してもそれらは絶対的に2歩3歩前のことになるから、あとは、この著者のイマジネーションと仮説力が勝負。

 で、そもそも「欲望を生み出す社会」としているのならば、まず、「社会」をしっかりと定義・規定しなければいけないあたりと伝えたい部分の、全体的な書籍としてのバランスはいかに???まぁ、書店でこの書籍を発見するタイミングがあれば、チラミする程度の自己ランキングですね。