自分のアタマで考えているか?

 「知識にだまされない思考の技術」ということで自分のアタマで考えよう!というテイの書籍がある。どんな場面でも通用する「思考のワザ」教えます!ということです。一方で最近の新聞折り込みにも書店で書籍を購入したら「YOU CAN」の申し込みはがき付のチラシが乱舞している。その中には人気の「医療事務」から「話し方」「美しいボールペン字」「かわいいイラスト」までが百花繚乱である。自分のアタマで考えるアプローチと免許や資格を取得して単価の高い人間になろう!とではいったいどちらがどれほどののびしろがあるのだろう?どんなビジネスの場面にも「思考力」というテンプレートが適用されているが、逆に一般社会から義務教育世代の学生諸子にしてみればこの世の中の動きはどう映っているのだろう。今からそんなに勉強しなくとも、社会に出たら出たらで「思考力」とか「免許・資格」とかとればこの社会は乗り切れるだろうと映るのか、昔ながらのルールを基にやはりルーティーンに沿って勉強漬けでいいと感じるのか?地頭の強い人は仮に前者でも後者でも結果を出しているだろうし、現在、どんな立場にいようが自分自身を卑下せず鼓舞するノウハウと回りを巻き込む術を会得しているのだろう。では、究極の選択として、どちらが正しいではなく、やはり、ここにも「動的平衡」が機能していそうですね。

 いやいや、そもそも「自分のアタマ」ってどこを指す?あたりを規定し、射程圏内に入れておかないと。