限定・売り切り・手造り・希少価値。

 どうやらいろいろな情報を総合すると「限定」「売り切り」「手造り」「希少価値」のようなニュアンスが注目されているような雰囲気がある。そもそも本質的にこうなる背景にはガチの品質があるから結果こうなっているパターンなわけで、無理苦理このテイを演出しても本質・実態は伴わない。そんなに市場のニーズは甘くないだろう。逆に仮想的な概念的なブランド戦略や大量生産の廉価商品にそろそろ市場が飽きてきているのだろう。では国内の「made in japan商品」と海外ブランドの価値観の違いは上記のモノサシで捉えるとどっち?ってことになる。つまり、「欲しいモノ」の本質が多種多様になった上、情報の伝達経路が細分化されメディアに反応する比率がネットで下がったことから、ニーズのベクトルが分散している構図。逆の演出方法を戦略として捉えれば「希少価値」を演出するために絶対数の少ないレアでコアな商品開発にモードをスイッチングすればいいだけかとなるとそうでもない。そこには本当に価値のある創り手のモチベーションが確かに注がれていなければその商品は「その他大多数」となり情報の海の底に沈む。作意的に市場に開放された商品が本来の品質感や価値を認知され、口コミで広がるスピードでしっかり認知される経路こそがもっとも情報の伝達経路として有効な気がする。

 で、ビジネスモデル的にこの経路はいかがなものか?という皮算用のスイッチが入ると、効率や能率や回転率に気持ちを奪われてしまうが、ここでグッと我慢できるかがキモ。いい商品をお求めやすい価格でたくさんの人にの裏にある、ブランド戦略に乗っけて大量に消費させて儲けましょう的なベクトルには商品力が追随しないという現実問題のジレンマがよりリアルになったのだろう。大手がメディアやネットを操作・活用して認知された表面的な均一化された情報のすぐ下で無数の細胞分裂が起きている。それは、言わば、量子の世界観に酷似している。言わば、買う人も創る人も市場のニーズも重要と供給のバランスさえもミトコンドリア次第みたいな。