知恵を使え!?

 最近書籍を書店や新聞でチェックしているとなんやかんやで「知恵を使え!」みたいなテイのタイトルが目に付く。この場合の「知恵」とは何を指しているのか?例えば、「規則(ルール)に捉われずに、知恵を使え!」って事で言うと、恐らくこの場合はルールよりも知恵の方が選択肢としてベターだったケースを指している。それがどんな場面であれ「知識」か?「知恵」か?みたいな選択はそれぞれTPOがあるように思う。なんでもかんでも「知恵」があればいいってわけでもないぞ。さらに、そんな切り口で例え何万部売れている書籍があったとしてもそれはその著者が整理したTPOの中でその知恵が有効だったということだけ。状況や条件は時間と共に変化しているわけで、価値観さえも常に変容しているのですあから、あの場面であの判断がいい結果を及ぼしたって、次の瞬間にその判断が最適だとは限らない。なのにそれでも「知恵」にこだわるのなら、それはそれで規則に捉われているってことにならないのか・・・みたな。だから、結局、書籍の読み方ってそういう感じでいいはず。

 で、ソフトやデジタル機器の説明書やチュートリアルなども同じで、必ずしもそのマニュアルにそのソフトウエアの使い方というか応用術の正解はないように感じます。でも、文字が多いから出てくる書いてある言葉・専門用語が理解できないからと言ってマニュアルを放棄している人はナンセンス。それはモノゴトを安易に捉え過ぎ。で、これが自分のスタイルですって言い切ってしまう人ものびしろを自分で下げているだけ。よく専門的なお話を始めると、喰いつく人と視線が泳ぐ人がいる。それは確認しながらお話を調正しているが、それれも、ナンセンスな人は自分が知らない事ばかりまくしたてられた感じになって、スイッチを切ってしまう人。いやいや、聞いてきたのはあなたなのに・・・みたいな。でも、それでも、表情にその症状が現れたらこちらも一方的に並べるのではなく、噛み砕く、語彙をチョイスする判断をしなければいけない。だって、自分自身、その逆の立場での専門家に対する誠意を失い、スイッチを切ってしまったことで後悔しているこは多い。お互いいろいろな知識や知恵や技術を持っているのだから、聞く方も話す方も忍耐力なしに一芸に到達はできないということ。このあたりが実は相対的な「知恵」の本体でいいのではないだろうか。

comments

う~ん。 なんとも芯を食ったブログですね。
よくいるのは一度の成功体験でこれが間違いなく鉄板だと勘違いしている人、その時のTPOの考察が無いので次に同じような案件が発生するとその鉄板を押し付ける。
TPO以外にも人が関わると不特定要素が発生するので、対峙するその人を見て考えて色々なことを調整する必要があるのにそれが出来ない。
出来ないのは感じられないという事で、その人じたいの感性や人間力が乏しい、でもそういう人は間違いのない自分の鉄板のルールに沿わない人や物を批判する。
残念ながらそういう人への対応はスイッチを切るしかないですね、そういう人の大半は自分を顧みない間違いは認めない「鳥の糞ほどのプライド」が大切な人間ですね。

  • kuni
  • 2012年01月23日 00:34

ですよね。

クニさんの考察も「動的平衡」を読めば
その仕組みがよく理解できますよ。
私は「動的平衡2」を今読んでいますが、
さらに覚醒しています。

これが終わったら福岡先生がこの書籍で紹介していた
書籍を全部買うつもりです。
これが好奇心の真骨頂です。

つまり、生命に答などないのです。
私が幼稚園の頃、うすうす感じていたことが
48歳まじかで「マジカ!」みたいな。

例えばなぜそのような人のプライドが糞なのか?とかね。

  • khuz
  • 2012年01月23日 09:12

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