最終兵器の夢。

 H.ブルース・フランクリン著「最終兵器の夢」という書籍があるらしい。その紹介文は慶応大学の教授が書かれた文章でこう記載されている。「アメリカ文学とテクノロジーの関わりに鋭利な洞察を与えた名著がついに邦訳成った。著者は19世紀アメリカ・ロマン派文学、とりわけハーマン・メルヴィルの研究とともに19世紀アメリカの先駆的SFをずらりと集めた名アンソロジー「未来完了」編纂でも広く知られている。ゆえに本編初版が1988年に刊行されて間もない91年に来日し都内の各大学で講演したときには、彼の興味がカート・ヴォガットらのポストモダン小説やヴェトナム戦争小説にまで拡がっていたに瞠目した。しかし、どんな対象を選んでも、その方法論にはたえずアメリカ分化史の奥底から政治的無意識をあぶり出し、最も先鋭は同時代批評を行おうとする反骨精神がひそむ。本編の視点は「ウォーズ・スターズ」がSF映画「スター・ウォーズ」とともに1983年の米ソ冷戦末期、ロナルド・レーガン第40代アメリカ合衆国大統領が発表したSDI(戦略防衛構想)、すなわち敵国の戦略ミサイルの発射直後に宇宙空間から撃ち落とすという通称「スター・ウォーズ計画」の双方をかけているのを見れば、あまりにも明確だろう。それがたんなる洒落に終わらないのは、著者がSDIの起源を18世紀末から欧米で活躍する天才的軍事発明家ロバート・フルトンに求め、その思想が以後のSF的想像力に連綿と受け継がれていくのを克明に辿っているからである。いっさいの敵を撲滅する超兵器の発明こそはいっさいの戦争を終結させ、この地上に永遠の平和をもたらすであろうという、あまりにも逆説的な夢。かくして彼の開発した戦闘用潜水艦ノーチラス号はSFの父のひとりヴェルヌの代表作「海底2万マイル」(1870年)で急成長し、ウェルズからハインラインへおよぶ一見荒唐無稽な物語で一杯のSF史は現実の最終兵器技術史と分かち難くかみ合いつつ進展していく。本書が抄訳なのは残念だが、2008年度の改訂増補版を活かした章からは、著者の長年の理論が9.11同時多発テロ以降ますます意義を増していることが、実感されるはずである。」としている。

 今、「ジェノサイド」を60%程読んだ段階で、アメリカという国の描き方が本当にどこを始点にしているのだろうと感じながらページを進めている。その一つのルーツにこのような思想があるとしたら、海外のSF作品をより深く知るためにはより楽しく読むためにはこのテイの書籍を手元に置いておく必要があるのかなとチェックをしている一冊です。

 で、逆説的なって、本当に人間の脳は相対性が好きなんだな・・・。