ユーザビリティの極意とは。

 「WEBにまつわる技術の進化はとどまることを知りません。また、技術の進化に伴い、WEB環境はますます多様化し、それに比例してユーザーの在り方も複雑化しています。子どもからお年寄りまで様々なユーザーが想定され、さらに、携帯電話、ネットブック、ゲーム機やiPhoneなど、様々な機器が想定される中、少しでも多くの人にとって使いやすく、情報がしっかりと伝わるサイトであるために、WEBデザイナーは常に親切なナビゲーターとしてインターネット越しの見えないユーザーをもてなすことを考えなくてはいけません。サイトの種類によってその目的や効果は異なりますが、ユーザーに快適にサイトを閲覧してもらうという点においては、すべてのサイトが果たすべき責任は共通しています。大切なのは、作り手とユーザーの間にある距離を縮めることです。WEBデザイナーがユーザーの顔を見ることができないと同様に、ユーザーも作り手の顔を見ることができません。そのような状況の中でよりよいコミニュニケーションを築き上げ、サイトが双方にとって有益なツールとして働くために、WEBデザイナー一人ひとりがユーザーの立場になってユーザビリティの向上に努めることが求められているのです。本書では実践的なノウハウから概念的な話まで、様々な角度から総合的にWEBユーザビリティーを考察しました。また、サイトの種類によって異なるユーザー層を分析し、それぞれの特性にあったユーザビリティを紹介しています。本書の内容は技術進化の過程における一過性のものと、人間の行動パターンや心理を反映した普遍的なものとに大別されるでしょう。常に変化し続けるITの世界においては、そのどちらも疎かにはできません。本書を手にしてくださった、WEBサイトの作り手として皆さんにとって、時に実用書として、また時にある種の思想書として、本書が有効に機能してくれることを願うばかりです。2009年11月 著者代表 阿部研二」とこの書籍のはじめには締めくくられている。

 う~ん、素晴らしい。「そんなことは分かっている」「そのレベルのことは十分知識として知っていますよ」という気持ちはこのような洞察に対して常々あるが、改めてそれらをつなぎ合わせるためには基本的な構造をコンパクトにまとめた書籍が最も有効に機能する。まして、ユーザビリティのように日々進化変化する技術やセンスに対して氾濫する情報から最適な構造を洞察するには安定した基軸が必要である。そういう意味で「書籍」という存在は何にも代用不可能な存在価値がある。「そんなのネットをリサーチすればいくらでも書いてあるよ」という心理はどこかで沸々とあるものの、論理や概念を整理するためには一旦書籍というテイで時間を止める必要がある。サーバから送られる情報は常に新しいが動きが読めないばかりではなく、動きに翻弄される場合がある。この「新しい」という基準も実際リアルに考察する時、いかなものかと疑問が浮かぶ。この著者が「ユーザーと作り手の距離」のことをこの文脈の中で語っておられたが、まさにこの部分が実はキモ。情報網で世界は小さくなったと言われるが小さくなったと思いたいだけで、小さくなったという仮説が実は都合のいいユーザーだけの価値観のように思える。実際の距離とネットの中の距離感を実のところでしっかりと見極めないと価値観も情報の本質も混乱することになる。それを繋ぐ媒体としてのWEBサイトだから、作り手がそれらのことを概念や理論だけで展開してもそれは決して距離を縮めることにはならず、仮想の概念の中だけで完結しているような微弱な戦略になってしまうのだろう。

 実際、この距離感の部分、近くなったことで遠くなったモノもあるだろうし、どれだけネット社会が進化しても距離感が全く変化しないモノもあるだろう。時間の概念やそれぞの地域がもつポテンシャルをただ回線とデバイスで繋げているだけで「近くなった」と誤解・誤認したいだけの先入観がいったいビジネスや文化や慣習にどれだけの影響を与えているか???そのあたりを吟味し出すと実は、「言語的なアプローチと非言語的なアプローチの分化」に辿り着くように考えてる。

 で、時には隔離する挑戦も必要。お互いが引き合う関係になれば適正な作用と反作用が起こるはず。そこを微妙に視覚的に言語的にマルチメディア的に消化してオブジェクトとしてコンテンツとしてメッセージを具現化するに最近のデバイスは有効だと考えると、人間の脳はもしかすると退化することを選択しているのかもしれない。まぁ、これも変容という立場でじっくりと見守っていかなければならないのだろう。

 たかがユーザビリティ、されどユーザビリティなのである。