「コツ」のお話。

 「知」を言葉に置き換える時「形式知」と言語化は難しい「暗黙知」という分類があるらしい。スポーツで習得の肝になる「コツ」は後者の領域。言葉にできない部分があるからコツの伝授は指導者にとっても悩みの種になるらしい。確かに!その道を極めた名人の中には「腰を入れてダーンと振れ」などと語って笑われる人がいるが、そもそもが暗黙知の領域なのだから感覚的になるのはやむを得ないというお話。そういう感覚の世界をITを使って少しでも解きほぐせないというアプローチがいろいろあるらしい。それを「センシングデータ」と呼ぶらしい。身体に幾つかのセンサーを付けてデータを取得しグラフ化する。そのグラフを見れば上手と下手の身体の使い方が一目瞭然という仕組み。こういうアプローチがどう広がるかは未知数としても、昨今の子どもたちのスポーツ離れを繋ぎとめる言わば「蜘蛛の糸」なのだそうです。何かを失敗するたびに「どうしでできないんだ!」と頭ごなしにコーチに叱られる。それで運動嫌いになるわけですが、実は教える側の根気と説明が足りないだけなのかもしれない。タブレットのような端末がもっと普及すれば教え方は変化するだろう。どこをどう修正すればいいのか、画面を見ながらゲーム感覚でコーチと選手が協議するという仕組み。ただ、スポーツにおける「正しい」はかなりふわふわしているから、同じスプリンターでもボルトと福島選手では「正しい」が分かれるだろう。最大公約数的な「正しい」をロジックにするのもある意味で正しいかもしれないが、別のベクトルもあることを想定する必要があるだろう。つまり理想のフォームとは十人十色なのである。それを大前提に個人個人の特性を知るひとつのきっかけにITが活用されればその価値も増すのだろうという仮説である。

 例えば、会社のエネルギー使用量を「見える化」しましょう!組織のコミュニケーションの構図を「視覚化」しましょう!とIT企業は連呼するが、それはどこまで行ってもある側面にフォーカスしているだけ。本当に見えているか見えていないかを判断するのは上記のように「暗黙知」の領域。だから、どれだけ「形式知」を先端技術で最新技術で具現化しても身体や心は反応しにくい。つまり、見えているとは視覚も知能も機能も経験値も全てが潤滑にシームレスに同期しなければ「会得」「知恵」「人間性」には覚醒しないということだろう。さてさて、どこまで、人間本体がITを活用するかだが、実は、誰かが誰かをコントロールするために情報がデジタル化されているだけという仮説の方がリアリティーがあるように強く私自身は感じている。ここを一刀両断に「教育です。」とか「ビジネスモデルです。」と言ってしまうまで人間は進化していないような。もっと、脳幹レベルの刺激を求めているような気がします。