水産高校の逞しさ。

 静岡県焼津市の水産高校の実習授業をテレビで紹介していた。うんうん、逞しい!これまでもこれからもやはり強いのは当然のように第一次産業。世の中には第六次産業なんてご都合主義の便宜上の言葉を氾濫させて浮ついている人もいるが、それはそれ。ホンマルは自分自身がどのような仕事にどう関わり、自分の知識と経験とモチベーションで自分自身の人生を生き方をどうハンドリングするかなのである。「仕事がない」「給料が安い」「景気が悪いから」と口にした段階で実は負け。何に負けているか?世界でも日本でも地域でも会社でもなく、自分に負けている。という歯の食いしばり方の問題。

 とはいえ、自分自身が勝ち続けていいるなどとは口が裂けても言えるレベルではないリアルもある。常に負け続けて連戦連敗の末、敗北感から立ち上がる時のエネルギーだけを連続させて、その摩擦で蓄積した微量なエネルギーで毎日を動いているような状態ですね。でも、そのギリギリ感が微妙にいいテンションを維持できる「繋ぎ」になっているのもリアル。結局、正解のない世界だから、最後まで立っている、立ち続けるということが重要。立ち続けるということは、空高く舞い上がるわけではないので、そんなにエネルギーは必要なし。ただ、想定外の動きで無駄にエネルギーを消耗することもあるから、その時、エンジンを心臓から魂にチェンジするハイブリッドな機能が必要だとも言える。何がガソリンで何が電気かは分からないが、「逞しい」とはそういうことのように感じます。

 つまり、「理系と文系」「東大と京大」「勝ち組と負け組」全て便宜上の属性を指していると言わざるを得ない。が、それが意識の世界。無意識に眠っていても心臓を肺を動かしている副交感神経のような部分を実は鍛えることは「繰り返し」で身体に覚え込ませる必要がある。というよりもそもそもDNAに記述されている設計図を純粋にストレートに意識するということになるのだろう。

 で、水産高校の皆さんのあの逞しい表情を見るにつけ、本当に学校で学ぶべきことはこれだなぁ~と痛感してしまいました。高校の時に野球しかしていないのに、なんとか仕事をやらせてもらっているという自分のことをこの水産高校の皆様の映像とリンクさせると、「馬鹿のハサミ」はホントに使い方次第だなと・・・。