60歳になって思うことか・・・。

 60歳までにやっておきたいこと、60歳になって思うことというアンケートが新聞に記載されていた。貯金や年金のお話が中心だったが、一番、お金のこと以外でのベスト3としては、このような解答が多かった。

 第3位、もっと、子どもたちと話をしたりいろいろなことをいっしょにしたかった。仕事を優先してあまり家族との時間を作れなかったという反省。この場合の「仕事」が何を指すかは人それぞれだろうし、「仕事」と「家庭」をよく天秤にかける文脈のテイがあるが、それは実は天秤にのせるようなアイテムではない。優先すべきは「家族・家庭」である。いや、優先というモノサシも正確には違う。「家族」と「仕事」はどちらも大切である上に、優先順位をつけたり天秤に載せるような存在ではない。にも関わらず「仕事に追われて家族との時間が作れない」は「家族との時間を作ったら仕事ができなかった」と言っているだけに過ぎない。この背景にはあまりのびしろがない。家族があるから仕事をするのか?家族との時間を犠牲にして仕事をする意味があるのか?となる。子どもとのコミュニケーションはその時間の尺ではない。密度である。つまり、上記のように反省する人達は対象が何であれ、コミュニケーションが苦手だった結果、時間の使い方を後悔しているだけ。

 第2位、もっと、夫婦間の会話をするべきだった。さらに第3位の人たちの症状が悪化している。

 そして、第1位、自分の趣味や得意な技術を磨いておくべきだった・・・と。えっ!このアンケートはどこに向かっているのか?第3位も第2位も第1位も「ただの不器用な人の独り言」である。明らかに「趣味と仕事」、「家族と仕事」、「夫婦と仕事」が分離してる立ち位置のコメントである。もしかすると、これらの人達は「自分自身と仕事」も分離していないだろうか?

 で、このアンケートを表記しているこの日経新聞のライターや編集者達はこの記事で何を伝えたいのか?これが新聞の価値が失速した一番の理由だろう。伝える手がいろいろな大前提を間違っている。というか、ある側面でしか洞察・分析できていないから、こんなアンケートを展開して、さもありなんで土曜日の別紙の表紙に掲載してしまうのだろう。自分が好きなこと我慢して、自分の家族とも子どもとも密度の高いコミュニケーションができず、ただ、60歳になった人達。そんな人達がこの日本に今後もあふれ続けていくとしたら、それを見ている10代、20代、30代の若者は何を人生の指針にすればいいのか?っていうお話。小さい頃から優れた教育を受けさせて、グローバルな人間に・・・とはよく聞くフレーズだが、さてさて、このフレーズの語感の中にある「教育」の定義がぶれていないことだけを、ただただ、願うばかりである。

 もうすぐ4月。日本では出発の時期である。ただ、出発するタイミングは自分で決めるべきである。赤信号はみんなで渡っても危険だし、赤でも青でも車が走っていても、その間隙をすり抜ける脚力と判断力があれば、いつでもスタートすればいい。それは、春に限って足並みそろえて、鼓舞しあう必要はないのである。あと、12年で私もその60歳になる(癌や大事故や災害に会わなければ)だろうが、やはり、人となりにいろいろ考えるのだろうか?それを通過点としてさらにブラッシュアップするベクトルでいられるのだろうか?無意味に深刻にならず、このふわふわした気持ちでさえ楽しめるようにこのままオプティミストで行きたいものである。