小さく賭けろ!か・・・。

 「グーグル、ピクサー、アマゾン、グラミン銀行、P&G、大物コメディアン、有名建築家・・・、みんな小さく賭けて、素早い失敗、素早い学習を繰り返していた!」だから、「小さく賭けろ!」という。ピーター・シムズ著のこの書籍は結構先頭を走っているような気がしますね。まぁ、グーグルになろうなどともアマゾンになろうなどとも株式会社アクトは考えていないが、最初のトライアンドエラーはそういうこのようですね。この場合の「賭ける」とは何なのかを知りたい気持ちがかなり肥大しているリアル。素早い失敗や小さい失敗だけは一人前にやっているが、果たしてそれが学習されているか否かってことだろう。

 で、ハイリスク・ハイリターンって実は幻想で、大きなビジネスモデルであればあるほど、実はこのような小さいBETと小さいFALESを繰り返し、学習を蓄積してああなったんだろう。小さい学習の積み重ねなんだろうな。だから、詰め込み式の教育が崩壊して地頭の力が本領を発揮している構造に変容しているだけなんだろう。過去のキャリアが次の学習に連鎖しない理由はそんなフォルムやモデルが常に変容しているってことを気づくか気づかないか、見えるか見えていないか・・・。

 机上の理論で失敗をしたくない(傷つきたくない)慎重派のエリートがじっくりじっくり組織化しビジネスモデルを検討している間に、世の中の多種多様化がスピードアップして加速して、現在検討している正解が正解でなくなるという現実感。まして、古い価値観の温床にあぐらをかいても正座をしても土下座をしても、もう、誰もリアクションはしないしない・・・みたいな。ならば、すぐに立ち上がり一歩を踏み出そう!と言葉にするだけ、頭に浮かべるだけではなく、実際にその足をガチで出せよ!ってこと。

 いつまでもうじうじしている理論派が無我夢中で動き回る行動派に凌駕される構図こそが現実と知らねば。そんな現実を見れば、自分に何もできないことがより明確に映し出される社会になったんだから、ひらき直るか、腹を括りその場所を変えませんか?という話だろう。

 私の人生など、どこをどう突いても「大きな賭け」などできる場面は一度もなかった。しかし、手の届くチャレンジは繰り返し、手の届く技術は会得してきたつもり。その蓄積が47歳になり、あと数日で48歳になろとうとしている今、どれだけガチに会得・体得できていますか?ということ。

 これからも貧乏根性丸出しでこんな感じで小さく賭けていこうと思いますね。