日本人のお約束。

 「すいませんの国」という書籍があるぜ。榎本博明さんという著者の方だぜ。日本人のお約束の真相に迫るということで、「なぜ、謝罪会見はおおむね胡散臭いのか?」「分かりましたは危険な言葉」「斉藤さんはなぜ嫌われるのか?」「私・僕・オレの侮れない使い分け」「日本人ならではのモラルマゾヒズム」「意見を言わないというリスク・マネジメント」「日本の会社に無意味な会議が必要な理由」「NOとイイエは違うもの・・・」などなど。掘り出せばきりのないこの摩訶不思議日本のフィーリングだぜぇ~。

 これら「お約束」がいいリレーションシップを構築していると言えばその側面は評価しなければいけないが、無意味か意味があるか?極論でなかなか処理できない問題点であることをある程度想定したとしても、摩訶不思議感は否めないぜ。改めて「すいません」の使い方を考えようと思うけど、でも、スギちゃん、別段にそこんところ掘っても何も出ないと高をくくってるぜ。アメリカ本土ならシェールガスが出るだろうし、ドバイなら油が出るかもしれないが、日本は掘ってもたぶん何も出ないぜぇ~。活断層にぶつかってお湯が出るぐらいだぜぇ。だから日本人は温泉好きが必然なんだぜ。温泉入って健康で幸福を掘り起こせているならそれはそれでいいぜ。

 「すいません」の裏の意味は「私の責任ではありません」だとこの著者は言っているぜ、スギちゃんはそこまで深く考えていないぜ。言葉は7%、カラスのカァ~と同じだと思っているぜ。どうだい、ワイルドだろぉ~。