あなたはあなたの絵を描け。

 大御所の言葉だけに重い。この時代、絵で生活していくということは具体的どういうことなのか?子どもの頃なら、「僕は絵で飯を食うぞ!」などという考え方に対して肯定的な大人は皆無だった。少なくとも自分自身の生活の中でこのような考え方を共有できる人は誰ひとりしかいなかった。小学・中学の先生レベルではそのポテンシャルの低さは今振り返って考えてもぞっとする。現代、教育現場の人材の空洞化というかシステム化が学生にどのような影響を及ぼしているかと考えると、現場には現場の主張があるだろうし、一番上の人が守り続けている法典を崩さないかぎり、この構造は半永久的に継続されるだろう。それが日本人の幸福論になるかならないかなどと極論を展開することは棚に上げて、「絵で飯を食う」という言葉にフォーカスしたい。

 恐らくの空気感ではあるが、自分の親でさえ、いや、親だから、「そんなことで飯が食えるはずないでしょう!」と言われるだろうありきで、人生について考えてきたので、実際、悲しませることもしたくないとは考えるが、親のために生きているわけではないので、人生、一生とはある意味自分勝手でいいはず。よく「育ててもらった恩」というニュアンスを人は多用するがそれは回り回っている部分で、その恩と引き換えに自分自身の人生に枷をリミッターを設定したくないとは考えてきた。それを「絆」だと勘違いしたくなとでも言うのか。彼が片道燃料でアメリカの軍艦に向かって自爆するから、僕も・・・という国の発想から全ての価値観や人生感が生まれている構築されているとしたら、なかなか「あななはあなたの人生を」とは言える空気じゃなかも。

 で、「私の絵」とは何か?45歳あたりからなんとなく分かってきた気がしますね。

 ただ、自分の娘には口が裂けてもそんな「恩」を規定するつもりはない。