ジッと見ること。

 確かテレビで誰かが言っていた。美しくなりたいなら、「美しいモノをジッと見ること」が大切だそうである。この場合、美しいモノとは美女でも花でも自然の風景でもなんでもいいらしい。とにかく、自分が心から美しいと感じることができる対象物をジッと見ることで、目からの情報として脳が刺激を受けて、自分自身に大切な重要な情報としてより深い認識をインプットするそうです。何気なく見ているテイや、使命感や責任感で見るのではなく、気持ちを集中させて適度な緊張感で「ジッと見る」大切さを語っておられた。

 確かに、仕事で画面の絵や文字情報もジッとは見ているが必然性で見ているだけで、心が震えているわけではない。仕事として区別をしている訳ではないにしても、ジッとではなくそこそこのテンションだろう。では、自分自身の場合、どんなモノをジッと見てるのだろうと考える。そのタレントさんは、モデル出身で健康や化粧品に関する書籍なども書いているクレバーな女性。その女性が何をジッと見るかというと、若い美しい女性の仕草や表情をジッと見るらしい。それで、自分自身の心の美しさや若さを活性化させているのだそうである。実際、好奇心の対象が「美しい存在」であるから、自分自身の心の美しい部分がより活性化されて、その活性化された意識というか脳の信号が身体の機能を若く再生するとかしないとか。

 で、私は何をジッと見る傾向にあるのだろう?それが、実は自分自身の好奇心の対象であり、心が求めているモノ・存在だとしたら、その対象は結構重要になる。恐らく、ブランド物の服や高価な時計や車や宝石関係ではない。そして、美しい風景に心は普通に奪われるがそんな風景でもないだろう。たぶん、美しい女性はジッと見ているだろうが、これは、この場合のジッととは少しニュアンスが違う。とすると、なんだろう?思い当たるのはどう考えを巡らせてもこれしかない。

 それは、「石」だろう。っても、宝石ではない。ちょっと気になるカタチや質感の「石」は時間があれば、ジッと見ている見ている。美しいか美しくないかの判断も分からないほど、ジッと見ていることが多い。どこかで買ってきたり拾ったりした「鉄鉱石」や「サハラの砂」「化石」などもこの対象に含まれ見ていることが多い。なんなら、砂時計の砂でさえ、ぼぉ~と見ていることは嫌いではない。つまり、「石」「砂」あたりに心が奪われてるのだろう。今更、適当な理由はどうにでもなるが、芯を喰う理由はこれと言って思いつかない。

 さてさて、このおっさんは「石」に何を感じていることやら・・・。