レアでディープなコミュニケーション。

 どんな世界にも専門家というクラスの人達がいる。それらの分野の人達はその分野に精通してこられたエキスパートでありプロフェッショナルだから、経験値も知識も豊富である。そして、常日頃からその分野での情報交換をしている人であり、仕事としてコミュニケーションしておられるから、専門家なのである。では、そんな皆様とシームレスな潤滑なコミュンケーションをしたいとアプローチする時の注意点がある。それは、最低限知っておかなければいけない基礎知識をしっかり自分のモノにしておくという「予習」作業である。もっと言えば、そういうエキスパートの人達はやはり独特の世界観を持っている方達だから、恐らく想像ですが、子どもの頃からその気質を持っておられたはず。だから、一般的に専門家の人達は「気難しい」とか「個性的」とか「とっつきにくい」などの印象になっているわけ。いわゆる「オタク」という語感でひと括りにするには広いレンジのお話なのですが、専門家でありエキスパートの方というのはやはり独特の言語を持っていることが多い。だから、能天気にコミュニケーションをすることは結果的に難しとなる。これは大胆な部分でありダイレクトな部分でありとてもデリケートな部分でもある。だから、自分の立ち位置と自分自身のポテンシャルは常日頃から確認しておかなければ、大切な一期一会うを逃すことになる。

 で、専門用語に精通することもさることながら、そのようなエキスパートの皆様の知識やこだわりはさすがに深く広い。そこをリスペクトせずに、ただ、一般的な会話のテイで踏み込むと一瞬で心の門が閉ざさせる。その瞬間は凄まじく一瞬である。そして、一旦閉じてしまったその心の鍵を探すたるや、とてつもないエネルギーが必要なことしばしば。しかし、常日頃の予習を怠らねばその部分は意外と簡単(その努力は簡単でもないのですが・・・)にクリアする場合もある。一旦、その門を潜ってしまえば、後は、湯水のようにコミュニケーションが活性化するという流れ。勿論、瞬殺で、門を閉じられた経験もあるし、一気に城壁の中に招待された場合もあるが、それは、つまり、理論や言語や数値ではなく、感覚の世界なのである。共通言語というがこれは確実に共通非言語の世界なのである。

 だから、自分自信が常にそのベクトルの状態でいてはじめて呼応・シンクロできる。そのチャンスはいつ何時訪れるかまったくのカオス。準備をして充分な予習をしてから、さぁ、先鞭一隅のチャンスよ来てくださいでそんなチャンスはのこのことやってくるほど現実世界は甘くない。ある日、突然、そのチャンスがあらぬ角度から目の前を横切るのである。もしくは、目の前を横切らない場合もある。だから、常に、心のベクトルを「キョロキョロモード」にしておく必要がある。いつ来るのか分からないチャンスを見逃さないために常にいつでもダイブできる前体重にしておく。これがもっともエネルギーが必要なことですね。一定のクラスをクリアしている世界ならその下位の出来ごとはどうにでも対応できるからエキスパートなのだし、そこで戸惑っているレベルでは次への覚醒はない。

 で、レアでディープなコミュニケーションをするためには、何をどうするのか???悲しいかなこの部分に適正な辞典もテキストもマミュアルもチュートリアルも存在しない。つまり、義務教育で得られたテンプレート化された問題集の中には正解がないのである。だから、日本が今、失速しているのだという見方が信憑性を得ているのだろう。さてさて、では、どうする?

 それを教育の問題にすれば脈の乱れは整うだろうが、根本的な解決策ではない。つまり、これらの問題は教育が全て担える問題ではないし、そもそも、これらを問題視することさえナンセンスなのかもしれない。何事も一を聞き十を知ると行きたいが、それはかなり限定された世界のレベルのお話だろう。

 逆に、私自信も踏み込んで来られる人に対して、何を持って共鳴しているのか?となると、これまた、言語化下に置いて明確に規定はできない。感覚のお話になるのですが、いわゆるその道の意識と無意識を共有できる「相性」という存在だろう。残念ながら、その相性のある人、どれぐらいいるのだろう???と考えてみるが、両手の指で足りてしまうリアル。まだまだ、動けていないということだろうなと反省してしまう。予習が足りない足りない。もっともっと、ポテンシャルを上げなければ・・・となるのである。レアでディープな独り言でした。