書店ガール

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 「釣りガール」「山ガール」からの「書店ガール」と。他にもいろいろ「ガール」のテイはあろうが、またまた、これもこの路線でちょっとヒットしているパターンのようですね。確かに「ガール」というニュアンスは「熱意」とか「人間らしさ」とか「信頼感・好感度」みたいなことをニュアンスとして伝えるに便利なフレーズなのかもしれない。電子書籍vsみたいなことが世の中的に氾濫・蔓延しているところへダイブ!みたいな路線でしょうね。あっ!そうそう「歴女」的なフレーズもあったし「戦国ガール」みたいなフレーズもあったがいわばこれらはひとつのパータン的な戦法。なぜ、この場合「ボーイ」や「男子」が採用されないのか?男子のイメージには「高感度」や「繊細さ」や「動機付け」などを連想されない何か慣習的な背景があるのだろうか?市場に受けたから連携・共鳴させるはこの業界のテッパンだろうから、この「書店ガール」も論法的には正解なのだろう。

 で、「男社会に風穴を開ける、爽快お仕事小説。」というキャッチフレーズも男子サイドからも納得してしまうほど何かが蔓延している「ありき社会」の大前提があるのだろう。紙の本が並んでいるリアリティーと、本は本屋で売っているのが一番素敵だものと、ガールに言わせている。つまり、ガール目線での価値感を持っていないと男社会は無味乾燥ですよとまでもいかないが、それに近い切り口なのだろう。

 私も確かに書店で本を買うという行為は何かのリアリティーを同時に購入している感覚があるし、宅急便でケースに梱包された書籍が会社に到着して・・・というテイよりも、書店の袋に入って持って帰ってくるというリアリティーが書籍の価値・真価のような気もする。まして、紙の書籍と電子の書籍の違いとは???などと深く考察しても仕方なしと感じているので、電子の書籍を読む気にはなれない。タブレットのスマホの中にある文字を認識して「本」だとは思えない。というか正確にはあれは本ではない。どれだけ映像や音声が連動しても「書籍」ではない。読者はあくまでも「書籍」を読みたいのであって、文字を情報として目で追いただいだけではないということをデバイスを創っている人は理解しなければ・・・って、これも、無味乾燥なアメリカ文化だから致し方なし。シェアやリサイクルも概念的にはいいが、質量と触感のある書籍が私は読みたいのである。ページをめくるスピードで文字を追うスタイルを止めて、タッチパネルのスクロールでは文章と文章の間のイメージが風景が著者の狙いとビジョンが抜け落ちるから。