アイディアが出てくる頭の構造とは?

 「発想は豊かに」と小学生の頃、美術の先生が言っていた。今思うと非常に抽象的な言葉だが、やはり、学校で美術という概念を認知させるためには、この程度の緩い言い方がベターなんだろう。で、芸大ではどうか?「斬新に!個性的に!」というニュアンスなる。恐らく、現在も、デザインやアート系大学ではこの教えを受けた人達が教壇に立っているはずだから、同じことを言っているだろう。しかし、「豊かに」「斬新に」「個性的に」という言葉は実に無責任な言い方である。私自身、学ぶ立場にいる間は絵を一生の仕事にするための「技術」を学ぼうと大学に行った。だから、あまり、発想やアイディアの豊かさや斬新な個性的なことについては、あとから付いてくるだろう…程度に捉えていたような記憶がある。だって、仮に授業を受けている学生30名程度を相手にこのパイで個性や斬新さを競っても意味がないと思っていた。逆に「発想の豊かさ」に飛び抜けるためには、現在、飛び抜けようとしている全体像を俯瞰で観察する必要がる。アートの世界で適正に「飛び抜ける」ためには、絶対に「飛び抜け過ぎ」てはいけないのである。これも実は学生の頃に学ばなければならない価値感というか洞察力である。ここをベースに個性だとか斬新であるだとかに対する自分の世界観を構築しなければ、ただの、無法者になる。

 で、アイディアとは何か?それを湧き出させるためにはどんな訓練が必要か?恐らく、そんなことは訓練で会得はできない。つまり「すでに偏在する内在する力を確認する。」だけが人間技の限界。時に天才と呼ばれる歴史に名を刻んだアーティストがこの能力に長けていたとは考えにくい。いずれも言葉にすれば「偶然」の「たまたま」でしかない。その「たままた」に左脳の能力に長けた人が文章化して情報化するから、その「たまたま」が化けるのである。

 だから、頭の構造など万人そんなに変わるはずがないのが正解のような気がしますね。ただ、この「たまたま」という出来ごとは人の人生・運命を左右するから恐ろしい。アイディアの最初は非言語であり、五感による認知の末、消化され排出されたSHITだから、かくも匂うのである。