「読む」から「使う」!?

 どうやら、雑誌は「読む」から「使う」への時代らしい。通勤・移動時間はスマホでニュースをチェック。会社ではパソコンで特集やケーススタディーを。会議や商談ではタブレットで記事を参考資料に。海外出張でもリアルタイムで情報を把握。そして週末は自宅で雑誌をじっくり読む時代。いつでもどこでもビジネスに必要な情報をスマホ・PC・タブレットで!ってよくできたシナリオである。まず、「読む」と「使う」という関係性について一見それは実しやかではあるが、実はこの行動パターンは大きく異なる。なぜ、「いつでも、どこでも、最新の情報を。」が「便利」なのかを考えている暇を与えずに何がなんでも「便利」を訴求されると、本当の真価としての「便利」を見失う。まぁ、真価とはそもそも見失うモノなのかもしれないが、でも、その見失い加減が尋常ではない。読むという行為が使うという行為に代用されるはずがないし、「情報を使う」とはいったいどういうことか?情報の差別化をせずにその実態を分析せずに、猫も杓子も金太郎あめのような情報の断面を最新機器で閲覧しているだけではただの「see」だろう。読むとは「look」だし、readの側面とリサーチの側面があるのだから、使うが見てるだけにならないようにするためにはどこが注意する部分か?ということをキモに銘じたい。この部分、意外と、なかなか難しいと思いますね。リアルタイムの情報が世界を駆け巡っていることは現実として、「なぜ、情報のリアルタイム性を重要視しなければならないか?」は無意識で処理している。情報は早ければいいのか?信憑性や信頼性を棚に上げ、最新=信頼のバランス感覚を煽るこの最新機器の末路は進化とは呼べないような。混沌としたこの情報化社会に規範があるとすれば、使う人間のポテンシャルのみ。

 で、この部分、どこをデフォルトにするか?それが今後全てのユーザーの意識下に置かれた後、さてさて、この最新機器は便利なのか否かという判断が必要。
 
 「使う」は「読む」を包括できるが、「読む」は「使う」を包括できない。