ヒツジで終わる習慣、ライオンに変わる決断

 「人生には2通りのコースしかない。どちらを選ぶかはあなた次第! ヒツジはいつも根拠は?と口にるす。しかし、ライオンはいつも「とりあえず」やってみる。ヒツジは辛いとすぐ群れる。しかし、ライオンは辛いと読書する。ヒツジはもらうために必死に生きる。しかし、ライオンは与えるために必死に生きる。」という論法。誰しもヒツジで終わりたくない・・・、ライオンに変わりたい・・・ありきの大前提がさてどうか?人生を2通りのコースだと枠を設定するのは、人間の性(サガ!?)それとも業なのか?思考を常に2通りに分割してYESとNOで価値判断をしたり、正義と悪で評価したり、メリットかデメリットかでジャッジしたいるするのは恐らく人間の脳幹の仕業だろう。何も一事が万事、2通りのコースありきではないし、とにかくやってみるヒツジもいるだろうし、群れるライオンもいるだろう。ヒツジのこと、ライオンのことをもっと知るべきだし、まして、人間を動物に例えながら、実は、その後ろに八百万の神を設定している天体の論理を精神世界に代用しているだけ。それは実に実しやかではあるが、さて、質感はあるのか?引用や比喩でシンボルにされているヒツジとライオンはいい迷惑。

 別に、「とりあえず根拠は?」でいいじゃん。