やりきる技術。

 最高のパフォーマンスを生み出す仕事の基本。それが「やりきる技術」だということだが、えっ!やりきっていなかったのか!?ということと、実のところ「やりきる」というニュアンスは「技術」ではない。逆に「やりきる技術」っていうタイトルが緩い以上に、何故やりきっていないのか?を反証しなければ、やりきるというニュアンスは正確に実感できないし理解もできないだろう。

 そして、「最高のパフォーマンス」と簡単に文字にしてしまっているが、ポテンシャルはさて置いて、いきなり「最高のパフォーマンス」は本末転倒である。蟻が自分の身体のサイズの何倍もある昆虫を運ぶことは最高のパフォーマンスではないし、鮭が生まれた川に戻ってくるような途方もない本能も最高のパフォーマンスではない。当然のパフォーマンスであり生きるために備わった術である。では、最高というモノサシは何のためにあるのか?自己満足か?社会規範への提唱か?自己分析へのアプローチか?それを思考することで今この時のリアリティーにアンカーを打ちたいのならば、最高でも最低でもどちらでもいいこと。この書籍を読んで仕事の能率が各段に上がったとか、仕事の優先順位が間違っていたと気がついたとか、本書は業務の見直しにも役に立つとかって、えらい微弱な走り方をしているものである。雛が巣から初めて飛び立つ瞬間、それは、生きるための最初の最高のパフォーマンスである。それを人に置き換えるならば、頭でやりきる技術を分析するよりも、今やっていることを今もっている技術で完成させることが大切。すると完成した成果物を俯瞰で捉えることもできるし、次の案件が見えてくる。すると別にやりきらなくともいいんじゃない!?という視点も正解だと思えてくるのでは。やりきるとかやりきらないとか非常にメンドクサイ。

comments

「やりきる」「技術」どちらもゴールがイメージしにくいですね。
果たしてゴールはあるのか?無いでしょう。
ほんとにそう、今ある技術で一つ完成し足りないものがあれば追加する、それがクオリティーであれ技術であれハードであれ。
目標が見えないのにソフトばかり言われても???ですね。

P・S写真変わりましたね、いい感じです。

  • kuni
  • 2012年06月16日 12:43

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