Reflection of Dragon Tattoo.

 原作は1300ページのボリュームがあった。それを158分にどのように再編成されているのかという視点があった。小説を完全に映画化されているとは言え、映画の物語的には40%ほどスルーされている部分があった。しかし、この40%を補填し100%にするのが映画。タイトル映像からラストシーンまで突き抜けた感じでした。恐らくどこかの段階でフィンチャーはこの小説の事を知り、何十回と読破しているはず。その中で頭に湧き上がったイマジネーションの結晶がこの158分なのである。と考えると、それだけで興奮がおさまらない。物語は頭に入っているので、あのページがこの映像なのか、この物語の部分がこういう表現なのか・・・と設計図と完成成果物を細かくチェックする右目と、もうひとつ。この音楽にこの映像、このプロットにこの構図。この設定をこのロケで・・・と絵的な部分や音楽的な部分、そして、映像の組み合わせ方などの手法を非言語で捉えようとする左目。この両目に映ったリフレクションが今でも頭の中で反響している。物語を知らずして映画158分だけの情報を得た人ならば、この映画はどのように映ったのかは知る由がないが、それは、まぁ、どうでもいい。

 そうかそうかそれで、そのフレーズが「火と戯れる女」へ繋がるのか。早速、本屋に走ろう。