乖離の理由(わけ)。

 日本企業のポテンシャルとは品質の高い商品を開発・製造する「ものづくり」。得意とするか否かは絶対的な要因と相対的な要因がある。売れもしないのにニーズも発掘できないのに古い価値判断で「品質が高い商品」だと思い込み失速するパターンが加速していないかという疑問。消費者にとって比較対象になる機能やデザインが同じであればどこで創られたかは関係ない。強い強いと言われていたものづくりを活かせない市場条件が在る以上、それに固執するばかりに最悪のシナリオを黙認することになることだけは避けたい。避けたいがルートがなければそこへ一筆書きのように落ちることなる。こんな状況下なんだからものづくりにこだわらず、スタンダードなデバイスやソフトに注力しながら、古き良き経験値とノウハウを商品創りに注げばいい。このシフトチェンジがなかなか。つまり、優れたものづくりが価値づくりに結びつかず、乖離しているのである。

 その場合の乖離の理由は二つあるらしい。まぁ、一橋大学の教授の意見だから、そこは呑み込んでみたい。第一にどんなに優れた商品や技術でも独自性がなければ、過当競争になり価格が下がる。この法則こそが現代を支配しているわけ。極端な話、薄型テレビの価格の下落はまさにリアルタイムにその下落曲線を描いた。商品の存在価値の低下のスピードに制作現場が正しいタイミングを見誤る傾向にあるのだろう。第二に日本企業が創る新機能や高品質加減に顧客が市場が反応しなくなったということ。高い価格を支払っても欲しいという真の顧客価値になっていないということ。これら二つの理由はけっこう芯を喰っているから怖い怖い。

 さて、この場合の独自性とは何か?この一橋大学の教授は例のごとく「アップル」から学べと言っているが、これもいかなものか。で、日本企業の活路はとなると、真の顧客価値を創出できる技術経営への変革。特に単純機能を超えた意味的価値を提案できる人材とそれを評価できる経営プロセスが必要不可欠とのこと。日本企業はリスクを恐れ横並びになる傾向にあるらしいから、今はそれこそが最大のリスクだと捉えるべきなんだろう。どこでもやっていることを焼き直すことを見切り、独自の何かを創り出す工夫が勝負を決めるのだろうって、別に勝負勝負で白と黒でもないという大前提も忘れてはならない。

 ここまで分かったような分からないような現状の分析を経て、本当に変革を待つ人間が選別されたとして、そのエネルギーが空回りしない市場がこのまま日本であって欲しいと願うが、それもカオス。とにかく乖離してしまっているなら、何かで接合させねば。